SHORT

□バレンタインの話
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「え?」

「だから…貰ってほしいの」

「いや、でも…」

「いいから!」

そして彼女は僕にそれを押しつけて、どこかに去って行ってしまった。

オサゲが似合い、小柄でガリガリな、眼がどんぐりの様な女の子。名前は知らないけれど、きっと中学一年生位だろう。○○中の制服を着ていたし。

問題は、

その箱に『友也くんへ』と、まったく知らない人の名前が書いてあったこと。

友也くんではない僕は、物凄く困ってしまった。





「いいじゃん、食っちゃえよ」

親友のケンタは呑気にそう言った。全く…そんなに能天気だから色々鈍るんだよ。食べることばかり考えて、ぶくぶくぶくぶく太りやがって。

「おい、聞こえてるぞー」

口調は怒っているが身体からは腹減りオーラしか感じられない。さすがケンタ。

「だってさ…僕のじゃないんだよ?全く知らないやつの名前だよ」

「だから、そいつにあげたくなくなったからお前に来たんだよ」

「なんかやだなぁ…」

ため息。だって、もしそうだとしたら、名前を書き替えるのが筋だろ?なぜ違うやつのをそのまま?あの子とは初対面だから嫌がらせというのもありえないし…いや、そういうやつもいるのか?でも…。

「甘苦!」

「あ!勝手に空けんなデブ!」

可愛いピンクの包みの中には、丸くて柔らかいチョコレート。知ってる、これ、トリュフって言うんだよね?

あの子は一体何故、友也くんにこれをあげなかったのだろう…?





「ただいま…」

返事はない。ただの空き家のようだ。

なんてね。

キッチンに行ったら何時も通り冷蔵庫にメモが貼りつけてあった。

『聡子へ。今日の帰りは23時頃になります。夕飯は冷蔵庫にある茄子を使いきって何か作ってください』

じゃあマーボー茄子かな?いや、それじゃ在り来たりだから新しい野菜炒めでも開拓…?

と、冷蔵庫を物色中、めったに鳴らない家の電話が鳴った。いつもならセールスだと思って無視なのだが、今日は違う。だって今日は…。

「もしもし有坂です!」

「聡子か?」


やっぱり…ずっとずっと、待ち望んでいた電話…。


「友也くん…」

「なんだよその声。変に艶めかしいな」

「やっ!ちっ違うよ!全然いつも通りだよ?!」

「あわてすぎだって」

優しい友也くんの笑い声が漏れてくる…一体いつからだろう?私がそれを必要に求めるようになったのは…。いつから彼は、


「14歳のお誕生日、おめでとう」

「へ?」

「あれ、違ったかな?ちゃんと時間差考えて、日本が2月14日の夕方くらいに電話できるようにしたんだけど…」

「あ、いや、あってるよ?うん、あってる。今学校から帰ってきたの!ありがとう」

「よかった…でも、お前、覚えやすい誕生日でよかったな」

「そんなことないよ。だって、友達からの誕生日プレゼントがほとんどチョコレートなんだもん…太っちゃう」

「いいんだよ、お前は少しくらい太ったほうが。だって足とか鉛筆みたいだったし」

「あの時は小学生だったから…」

と、その時だった。
受話器の向こう側から、流暢な英語が微かに聞こえてきたのだ。
とても格好いい女性の声。

「…友也くん、呼んでるんじゃないの」

「そうそう、最近やけに嫉妬深くてさぁ。ちょっと他の女と喋っただけで浮気だの離婚だの…」

「友也くん」

「妹に欲情なんかしないっつーの」


ガチャ。


つーつーつー。


電話が切れた。いや、電話を切った。

どうしてかな?どうして声が聞けて嬉しいはずなのに、こんなにも悲しくて悲しくて仕方がないのかな?

私はいつから、こんなに欲張りになってしまったのだろう…。

きっと私の願いは、一生誰にも届かないの。


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