SHORT
□バレンタインの話
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「え?」
「だから…貰ってほしいの」
「いや、でも…」
「いいから!」
そして彼女は僕にそれを押しつけて、どこかに去って行ってしまった。
オサゲが似合い、小柄でガリガリな、眼がどんぐりの様な女の子。名前は知らないけれど、きっと中学一年生位だろう。○○中の制服を着ていたし。
問題は、
その箱に『友也くんへ』と、まったく知らない人の名前が書いてあったこと。
友也くんではない僕は、物凄く困ってしまった。
★
「いいじゃん、食っちゃえよ」
親友のケンタは呑気にそう言った。全く…そんなに能天気だから色々鈍るんだよ。食べることばかり考えて、ぶくぶくぶくぶく太りやがって。
「おい、聞こえてるぞー」
口調は怒っているが身体からは腹減りオーラしか感じられない。さすがケンタ。
「だってさ…僕のじゃないんだよ?全く知らないやつの名前だよ」
「だから、そいつにあげたくなくなったからお前に来たんだよ」
「なんかやだなぁ…」
ため息。だって、もしそうだとしたら、名前を書き替えるのが筋だろ?なぜ違うやつのをそのまま?あの子とは初対面だから嫌がらせというのもありえないし…いや、そういうやつもいるのか?でも…。
「甘苦!」
「あ!勝手に空けんなデブ!」
可愛いピンクの包みの中には、丸くて柔らかいチョコレート。知ってる、これ、トリュフって言うんだよね?
あの子は一体何故、友也くんにこれをあげなかったのだろう…?
★
「ただいま…」
返事はない。ただの空き家のようだ。
なんてね。
キッチンに行ったら何時も通り冷蔵庫にメモが貼りつけてあった。
『聡子へ。今日の帰りは23時頃になります。夕飯は冷蔵庫にある茄子を使いきって何か作ってください』
じゃあマーボー茄子かな?いや、それじゃ在り来たりだから新しい野菜炒めでも開拓…?
と、冷蔵庫を物色中、めったに鳴らない家の電話が鳴った。いつもならセールスだと思って無視なのだが、今日は違う。だって今日は…。
「もしもし有坂です!」
「聡子か?」
やっぱり…ずっとずっと、待ち望んでいた電話…。
「友也くん…」
「なんだよその声。変に艶めかしいな」
「やっ!ちっ違うよ!全然いつも通りだよ?!」
「あわてすぎだって」
優しい友也くんの笑い声が漏れてくる…一体いつからだろう?私がそれを必要に求めるようになったのは…。いつから彼は、
「14歳のお誕生日、おめでとう」
「へ?」
「あれ、違ったかな?ちゃんと時間差考えて、日本が2月14日の夕方くらいに電話できるようにしたんだけど…」
「あ、いや、あってるよ?うん、あってる。今学校から帰ってきたの!ありがとう」
「よかった…でも、お前、覚えやすい誕生日でよかったな」
「そんなことないよ。だって、友達からの誕生日プレゼントがほとんどチョコレートなんだもん…太っちゃう」
「いいんだよ、お前は少しくらい太ったほうが。だって足とか鉛筆みたいだったし」
「あの時は小学生だったから…」
と、その時だった。
受話器の向こう側から、流暢な英語が微かに聞こえてきたのだ。
とても格好いい女性の声。
「…友也くん、呼んでるんじゃないの」
「そうそう、最近やけに嫉妬深くてさぁ。ちょっと他の女と喋っただけで浮気だの離婚だの…」
「友也くん」
「妹に欲情なんかしないっつーの」
ガチャ。
つーつーつー。
電話が切れた。いや、電話を切った。
どうしてかな?どうして声が聞けて嬉しいはずなのに、こんなにも悲しくて悲しくて仕方がないのかな?
私はいつから、こんなに欲張りになってしまったのだろう…。
きっと私の願いは、一生誰にも届かないの。
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