SHORT

□ノンフィクションな話
1ページ/2ページ

今から俺が話すことは、紛れもないノンフィクションだ。最後までこの文章から目を反らさないでくれ。

これは俺と、俺の幼なじみであり、恋人であり、従姉妹であり、妹である彼女…逸美と、何故かそこにいた俺の父さん、
その三人一夏の物語だ。

あの夏、あの集中豪雨の夜、クーラーがきき過ぎてむしろ寒いくらいのあのリビングで、

逸美は発狂した。





逸美はよく笑う少女だった。
十五歳といえば箸が転がっても可笑しい年頃と言うくらいだ。だからそれは結構普通の事なのかもしれない。
だがそれにしても彼女はよく笑った。いや、むしろ笑った顔しか見たことがないかもしれない。くだらない事にも幸せそうに、一点の曇りもなく。
俺はそんな彼女の笑顔が本当に大好きだった。愛していた。
だから、その笑顔を永遠に残しておきたかったのだ。
それなのに、事態は起こってしまった。





なぜ彼女が幼なじみであり、恋人であり、従姉妹であり…と複雑なのか?それは全てこの馬鹿親父のせいだ。
白髪塗れなのに顔はとことん若い。だからよくヅラだと間違えられるが、これは本当に自毛だ。いや、むしろ生まれたときから父さんは白髪だったらしい。
何故そうなったかと言えば、どういう因果か、我が家は近親相姦が多い家系で、そういう流れから親父のような奇形児が生まれやすいんだという。現代日本にあるまじき事実。しかしこれは悲しいかなノンフィクション。そして俺も奇形児だ。
俺には眼が一つしかない。

そんな俺を見ても、普通に笑っていられるのが逸美だ。だから好きになり、告白した。逸美もすぐに受け入れてくれた。反対したのはお互いの両親だ。

そして知らされてしまった。

俺の母親は俺を生んで死んだのではなく、実は逸美の母親が、俺の母さんでもあったのだと。そして、

俺の母さんは、父さんの実の妹だった。

「だって…やりたかったから」

この時ばかりは父さんを殴り殺してやろうかと思った。

…逸美がいつも笑っているのは、きっと逸美もどこか歪んでいるからだと、だから曇り無く笑えるんだとそう思う。
だからきっと今まで喋ったことがないのだ。彼女はそういう子だ。

もう一度言う。
そんな逸美が、生まれて初めて発狂したのだ。

これは全て嘘偽り無きノンフィクションである。





初めは次第に大きくなる雷に怯えているのかと思った。
「きゃーーーーーっ!」

その時俺は、父さんと逸美の三人でババ抜きをしていた。
もっとポーカーやブラックジャックなどをして格好つけてみたいものだったが、悲しいかな、俺たち三人はこれと七ならべしかルールを知らなかったのだ。

その時逸美は勝っていた。眼が一つしかない俺は、うまく相手を見れなくて負けていた。しかも十九回目。だから発狂したかったのは俺の方だったというのに…。

「どうしよう父さん…」
「困ったな…逸美ちゃん」
「きゃーーーーーっ!」

逸美は眼から血が出るんじゃないかというほど眼をかっひらき、顎が外れるんじゃないかと言うほど口をかっひらき、カニのように口から泡を吐きまくった。やがて泡はピンク色へ。叫びすぎて喉が裂けたのだろう。可哀相に。
それでも顔がにやついて見える逸美は可哀相だ。

もちろん顔だけじゃない。身体は常に人間らしからぬあばれっぷり。それに伴い、リビングは乱れに乱れ、乱れまくった結果、逸美の身体はどんどんボロ雑巾と化していた。

「逸美…やめなよ。血塗れじゃないか」
「きーーっ!あーー!」

言葉を知らない逸美は俺の言葉も受け入れられないらしい。そして、こういう方法でしかその何かを訴えられないのかもしれない。
でもこのままじゃあ、可愛い逸美がボロボロになってしまう。

「逸美、何がしたいんだ!?」
「あああ…ああああっ!」

きっと泣きたいのかもしれないが、やっぱり顔がにやけている。そして涙がだだもれしている。面白いなぁ。

「どうしよう父さん?」
「こんなの初めてだからなぁ…とりあえず、またババ抜きを再開すれば機嫌も治るんじゃないか?」
「でも発狂して中断させたのは逸美だよ?」
「ぎーーーっ!」
「とりあえず、逸美ちゃん、トランプを持ちなさい」
「がっ!」
「いたっ!」

トランプを持たせようとする父さんの腕を逸美が噛んだ。なんと醜い。さすがにそれには俺も怒る。

「何してんだよ逸美!」

正気に戻ることを祈り、したたかに平手打ちを食らわせてみた。が、逸美は少しうなっただけで静まらない。

「逸美…」

あの可愛らしく笑う俺の逸美は、一体どこに行ってしまったんだ?

「がぁー……っ!」

喉が擦れて声が潰れてきたらしい。声にならない声が漏れる。逸美の右目から、一雫の涙が零れた。

それが、俺の限界だった。
「逸美」

俺は、人でなくなった逸美をただただ抱き締めようとした。

そして、


_
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ