SHORT

□素晴らしいお医者さん
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二年位前に書き下ろした「生きる」がテーマの童話です。たぶん。


昔むかし、と言っても3年以上、100年以下位の中途半端な昔。とある国の端っこに、とてもとても素晴らしいお医者さんがいました。

彼はとても腕が良く、しかもそれに慢らず全ての生き物に親切で、おまけにお金もそんなに取りませんでした(生活のため少しはとる)なので、ほぼ世界中の生き物が彼のことを知っていました。

「彼に頼めば全てがうまくいく」「彼に頼れば間違いない」そういって、一日に千人近くの患者さん達が彼の元に駈け付けます。しかし彼は嫌な顔一つせず「大丈夫。僕はみんなの味方です。これは僕の天職なのですから」と、手抜きもせずに毎日頑張りました。


………事件が起こったのは、ある晴れた冬の日の昼下がり。


お得意様であるお向かいのおばあちゃんが、危篤状態で彼の下に連れ込まれてきたのです。

おばあちゃんは彼が子供の頃からよく遊んでくれた、世界で一番大切な人。絶対に死なせるわけにはいきません。手術にはいつも莫大な資金が必要でしたが、そんなのかまっていられません。

「待っててねおばあちゃん。今回も僕が必ず助けてあげるから…!」

「それがね、先生」

「え?」

声をかけてきたのはおばあちゃんの曾孫娘でした。

「おばあちゃま、今回は病気じゃないの………自殺なの」

「はぁ?」

「もうこれ以上は長生きしたくない、ゆっくり死なせて…って、何年かぶりに喋ったかと思ったら、呼吸器を無理矢理外して…」

「馬鹿な…そんなことしたら、死んじゃうじゃないか」

「そう、だから自殺なの」

「嘘だ!生きたくないだなんて思う人間がこの世に存在するはずがない!きっと…おばあちゃんは血迷ってるんだ!みんながそばにいることを忘れてるんだ!それに、それが喋っただなんて、信じられるわけないだろ!」

「あのね…」
「死なせてください」

振り向くと、絶対にもう喋る気力がないはずのそれが、だんだんスピードをあげて…。

「死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死なせてください。死な」



………。



それっきり、全身くだまみれのそれは動かなくなりました。

それは、90才の曾孫と、87才の医者に見送られ、約170年の生涯を忙しなく閉じました。







その日の夜、彼は久々に泣きました。

あのおばあちゃんは、彼に医者になるきっかけを与えてくれた人。あの人が病気にならなければ、彼は医者になろうだなんて思わなかった…なのにその人を死なせてしまったら、自分は一体なんのために生きていけばいいのか?


何のために生きていけばいいのか?


そう思うと、どうしても切なくなって苦しくなって…

彼はその日から素晴らしいお医者さんを辞め、食べることを辞め、飲むことを辞め、寝ることを辞め、感情を動かすことを辞め…


みんなはそんな彼を心配して色んなことをしました。食べないならば点滴をして、動かないなら介護して、感情まではどうにもできないからほっといて、抵抗して呼吸するのを辞めようとしたから呼吸器をつけて、外されないように五点拘束して…。

「先生、早く元気になってね」


気が付けば彼は、あの170年生きたモノとまったく同じ姿になっていました。


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