撃ち抜いてよ!

□大人の余裕が気に食わない
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午前零時。叶絵は携帯電話の画面を見つめた。呼出中、の文字が、通話中、に変わる。あぁどうしよう。繋がる前に切ってしまおうか。あぁでも。
その俊巡が、ボタンに添える指の動作を止めさせる。

『…………もしもし?』
「…あ、」

思ったよりも早く繋がってしまったらしい。叶絵は電源ボタンから指を離した。

「今大丈夫です?笹塚さん」
「…ん。…今、休憩室だから。」

彼は警察官という職業柄も有り、いつも忙しい。こんな風に夜中に話をするなんて事は稀で、ほっと溜息を吐いてから叶絵は少し笑った。

『…どうしたの?』
「え?…えっと、」

聞かれて叶絵は密かに、照れたように頬を掻いた。
休日によく有る映画番組。今日の放送は夏にふさわしくホラー映画で、家に居るのは自分しか居ないというのに先程まで観入っていた挙句、――今に至る。恐怖のオチにトイレに行くのもままならない。
心細くなった、と言えば聞こえは良いが、それを正直に言うと子供扱いされるのでは、と本音を口にするのを渋らせる。

『……なんてな。来ると、思ってたんだ。電話が。』
「え?」
『最後のオチだけ観たんだけど…あれは反則だな。最初から観てたら俺でもビビったかも……』
「…〜〜〜っ…」

その言い方はどう考えてもいつもと変わらないポーカーフェイスを彷彿とさせて、少しも怖がっているふうを感じさせない。
普段なら笑って済ます所だったが、年の差からくる余裕を見せつけられたせいで無駄な反抗心を刺激された。

「子供みたいだって言いたいんでしょ!」
「…いや、」
「嘘!絶対、私の事子供だって思ってる!」

何も言い返さずに苦笑混じりに微笑むような、その、大人の余裕が気にくわない。

(…何よ、)

結局、私だけ怒ってそれで終わりなんだ。子供みたいに駄々こねてみてもあしらわれて、それで終わり。
…あーあ、めんどくさい。
取り繕ったってどうせ、彼には全部バレてしまうし、何よりこの年の差が縮まる事は決して無い。生まれ持った向こうの余裕には勝てる訳がない。
叶絵は溜息を吐きたいのを抑えて頬を膨らませた。

「こ…怖いわよ!一人だし夜中だし、さっき観てたんなら判るでしょ、もう一生夜中にお風呂入れないし!」
『…はは……』
「笑う所じゃないわよ、」

こうなったら、子供だって言われても構わない。

「だから、会いたいの!」

こうなったら、子供みたいに甘えてやるわよ。
…でもね。

『………そっか、』

じゃあ、君の所に向かおうか。なんて、柔らかい声で言える、その、大人の余裕が気にくわない!
 

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