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□川赤子
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※R18グロテスク
気持ち悪いです。
閲覧注意。








すえた匂いが腹の底から込み上げ、喉を突いた。熱が食道を逆流してくる感覚を、息を止めてやり過ごそうと試みる。しかし耐えきれず床に撒かれる熱に、口内に激しい嫌悪感が残った。咽せて咳を繰り返す。嘔吐物による異臭が鼻孔を突き、胃は再び熱を持ち出した。
――床に流れる泥付いた液体を纏うそれは、粘着質な音を立てて蠢く。
時折縋るように音を立てて床を這うそれは、粘膜に濡れた触手に似た手のひらをわたしに伸ばした。

「う、ええ、え」

下腹部に激痛が走る。再び襲われた嘔吐感に、吐瀉物が床に散らばる。内股を滑る温い液体は、尾を引いてそれに繋がっている。赤が混ざった透明な液体が、それが動くたびに再びドロリと胎内から溢れた。

「また、失敗ですね。また、人の形をしてない」

人どころか、ポケモンですらない。気持ち悪い。有り得ない。吐き気がする。消えろ。消えてしまえ。消えてしまえ。
床に横たわるわたしを見て、彼は、至極悲しそうに言った。傍らにあるわたしの体から出た生き物は、白い半透明の物体だった。血管らしき赤筋が薄く浮き上がっている。人間でいう四肢に当たる部分はある。だが、頭がない。代わりに首のあたりに、赤と青の目のようなものと、環状の歯らしきものがある口腔があった。呼吸器は、おそらくそれだけ。

「貴女もダメな人間ですか」
「……」
「貴女も人の子が産めない人間ですか」

――可哀想な人。
わたしが人の子が産めないんじゃない。貴方が人の種を持ってないだけだ。本当に。

「死ね、ば、いいのに」

貴方も。わたしも。そんな生き物も。
わたしの人生で一番の後悔があったとしたら、それはこの男の遺伝子を、――バケモノを、自分の体から出したことだ。

彼は再度悲しそうに「貴女もダメな人ですか」と呟いた。





うまれたときはおぼえてないけど、いきをしていたのはおぼえてます。
ぼくをうんだひとも、すぐにわかりました。
おかあさんは、すぐにわかりました。
おかあさんはとてもよわっていて、くるしそうです。
ぼくはそれにふあんになって、おかあさんにてをのばすのですが、おかあさんはぼくをみてさらにはきました。
ぼくをいまいましくみつめていました。
ぼくにきょうれつなけんおときょぜつをむけていました。
おかあさん、おかあさん。
ぼくはわるいこですか。
おとうさんがいつのまにかそばにいて、ぼくをみます。
おとうさんはいいました。

「貴女モ人ノ子ガ産メナイ人間デスカ」

ごめんなさい。
おとうさん。
ちゃんとひととしてうまれなくてごめんなさい。
うまれてきてごめんなさい。
ひとじゃなくてごめんなさい。
いきてごめんなさい。
しにたい。
おかあさんが「死ネバイイノニ」といいます。
ごめんなさい。

ぼくがうまれてきて、しばらくたって、おとうさんがほしい「人ノ子」がうまれました。
あのこは「えぬ」とよばれています。

いっぽうぼくはいうと、ぼくは「ですます」というぽけもんになって、おとうさんのもんすたーぼーるの中にいます。
ぼくをうんで、こうかいしたといったおかあさんは、いまはどこかにいってしまいました。





彼女も人間の形をした子供が産めないようだ。2人目の母体の体から出てきた肉塊を見て、失望した。
最初の女も、人の形の子供を産めていなかった。彼女は子供を産んで、発狂して自害してしまったらしい。彼女はどうするだろう。呪詛を吐く暗い瞳と肉塊を交互に見ながら思索した。
しかし肉塊の方は意志を持ち始めているらしい。母体に近付こうと蠢いている。賢いようだ。
試しにボールを投げてみると、それはおとなしく中に入ってしまった。これは人よりポケモンに近いのか。次にボールから出すときには、肉塊は全く別のものへと変貌を遂げていた。
黒い体躯と赤い瞳。黄金色の仮面。仮面の顔は、まだ幼い少年だった。ああ、この肉塊は、生まれたのだ。正しい形で生まれたのだ。

それからしばらくして、3人目が私の子供を生んだ。ようやく人の形をしている。私はその子にNと名付けた。

Nの顔は、仮面の顔とそっくりだった。





ボクの失敗作は2つある。
1つはすぐに死んでしまったようだが、2つ目は父さんのボールの中にいる。最近進化して、デスカーンになったらしい。
だけどボクはそれを兄さんと呼ぶべきなのか、どうなのかはわからない。
父さんはそのことに関して何も言わない。だから、ボクは言及するべきでないと考えている。
でも、ボクは1つだけ知ってることがある。デスカーンが教えてくれた秘密だ。父さんも知らない。母さんも知らない。
きっと、この先誰も見ることがないだろう。


デスカーンの中に、死んだボクの体があることに。





20110501

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