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□造花
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死んでしまったよ



暗い廊下を進む。仄暗い橙の灯りが点々と奥へと続いていた。途方もなく続いている暗闇は果てを黒で塗り潰している。足音が鼓膜で反響し続ける。脳が揺さぶられる。思考が定まらない。心臓がいつの間にか早く重く打つようになっていた。全身に張り巡らされた血管に、血液に乗せられて痛みが送り出される。

「手を繋ぐの、好きじゃない」

息が切れる。喉に乾いた空気が張り付き、酸素を奪っていった。それでも足を止めるわけにはいかない。時間はないのだ。砂時計は既に全ての時間を落としてしまった。今立ち止まれば、もう二度と時間は動かなくなってしまう。疲労を訴える足を引きずるように走った。漸く黒の果てに着く。

「ダメでしょ」

重い鉄扉が現れる。手のひらをあてがうと、ゾッとするほどの冷たさが指先に絡みついた。

「放さなきゃ、だめなんでしょ」

――そうだ。放さなければならないよ。僕は君と一緒にいるなんてできないから。放さなければならないよ。だから君は嫌いだと繰り返した。手のひらは体温ではなく冷たい空を掴んだ。
12体目の失敗作だった。彼女は知能が発達しない。そう言って、あの方は彼女を見限った。作り出された命は無期質的で、試験管の中からその唇で言葉を紡いでいた。だからほんの興味本位で1年だけ試運転させることにしたのだそうだ。彼女の面倒を任されて、今日で1年と1日だ。彼女は1年かけて少しずつものを学んだ。四肢の動かし方、言葉、生活の仕方、常識。だが、それ以上は覚えることがなかった。術の使い方。チャクラの練り方。体術。忍としてのスキルは何1つ身につかなかった。代わりに、笑うことを覚えた。不安になることを覚えた。恐怖を覚えた。「人間性」を身に付けてしまった。

「やっぱり失敗作だったわね」

今日の正午に、処分が決定した。

「……ここを、僕たちの隠れ家にしよう」
「怒る、怒るよ、あの人」
「大丈夫、ちゃんと話してある。鍵も秘密で合い鍵を作ったんだ」
「悪いんだ、君麻呂、いけないんだ」
「なんだ、いらないのか……」
「い、いるよ……!」


秘密基地。使われてない部屋をもらって、彼女と話した。詰まらない話ばかりだった。それでも彼女は笑った。笑って、泣いた。

「怖い」

自分が失敗作だということを、一番理解していたのは彼女だった。「いつ終わるの」「いつ、さよならなの」「いつ捨てられるの」「いつ、壊されるの」繰り返し繰り返し、彼女は唱えた。時間の経過に伴い、その回数は増えていった。

「怖い、よ」

身を堅くし、四肢を掻き抱き、震えながら、彼女は言った。

「大丈夫、怖くないよ」

震える四肢を抱き締める。冷たい。彼女はやはり、造りものなのだ。思うと虚しさが脈打った。


「ああ、来たね、君麻呂くん」
「カブト先生……」
「やっと大人しくなったところだよ。凍結も完了だ」

鉄扉の向こう側。その更に奥にある小さな扉。僅かに漏れた冷気が、白い煙となって空気に溶ける。それに近付く。

ああ、本当に、動かなくなってしまった。

冷たい空気が肌に触れる。呼吸器を満たす。
不思議と、何の感慨も湧いてこなかった。既に自身の体が病に蝕まれているからだろうか。冷たい扉に触れ、目を伏せる。

「怖いよ」


「……大丈夫だ」

怖くない。怖くないよ。僕ももう少ししたらそちらに行くよ。だから怖くない。今だけは我慢して待っているんだよ。それまでは。

「おやすみ」

――おやすみなさいと、笑いながら言う彼女の姿が浮かび上がった。







20110317

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