紅ニ染マル轍


□昼下がり
2ページ/3ページ







「貴女も、旅を」
「…そんなところです…」
「お若いのに、そりゃあ大変だ」
「……お屋敷に仕えている身ですので」
「………」
「そこの主から、命を受けて探し物を…」
「ほお…」






男が口にする言葉の一つ一つが、ひどく無機質に響いた。
時折隣に置いた木箱を気にするようなしぐさにかすかに眉をひそめる。
しかし視線は今だ、こちらに固定されたまま。
けれども再びチラリと木箱に視線を向ける隙をつき、席を立ち上がった。




「!」
「少々、村中を歩きたいと思っているので」
「そう、ですか」
「では」




軽く会釈をしては、足早に宿屋を出た。
宿屋を出る瞬間に、男の持つ木箱がカタカタとひとりでに音を立てているような気がしたのは、


錯覚だろうか。








――――――――――









「鬼さんこちら」


遠くで小さく木霊する、幼子の声。
それに反射的に足を止め、そちらへと視線を向けた。
宿屋を出て、当てがあるわけでもなく歩き回っている矢先、見つけた幼子たちの姿。

…色とりどりの着物を着た数人の子供たちが、パタパタと家屋や家畜小屋の後ろへ逃げ隠れるように走っていく。



「手の鳴る方へ」



笑い声、笑い声、笑い声。
小さな子供特有の高い笑い声。
時折悲鳴混じりにハシャぐ様は、その光景の穏やかさを脳裏に焼き付かせた。

―同時に己の内で何かが警鐘を鳴らし始めた。







鬼さんこちら、手の鳴る方へ







悲鳴と笑い声を上げながら走り回る子供たちを眺め、先ほど彼らが口にしていた言葉を小さく反芻する。

ザワリと胸の奥深く、根を張り肥大する感情。

そっと左の手首に触れれば、ヒンヤリと無機質なモノが触れる。

己の手首に付けた数珠を握り締め、ゆっくりと吐息をついた。




刹那。




「!」
「うわ!」



ドンッと、鈍い衝撃と共に我に返る。
一瞬だけ体がぐらついたと思えば、足下の方でドサリと再び鈍い音がした。
痛みはなくとも衝撃の反動が体に鈍く余韻する。
僅かな間を置き足下を見れば、そこには幼い少年。

先ほど鬼ごっこをしていた子供…ではないようだ。




「大丈夫ですか?」
「!」




尻餅をついて今だ座ったままの少年へと片手を差し出す。
しかし彼はこちらを不思議そうに眺めるばかりで、手を一向にとろうとしない。

それに思わず眉をひそめ、伸ばした手を更に彼へと近付けた。





「さ、触るな!」
「!」




しかし予想に反したその言葉に、今度は不快感に眉をひそめる。
しばし怪訝に彼を見据えれば、少年はひどく狼狽した様子でまくしたてるように口にした。



「お…オレに触ったらみんな呪われるんだ!
みんな死んじまうんだよ!
余所者は村から出てけ!」
「………!」



怒鳴るように口にし終えると、少年はその場から逃げるように走っていってしまった。

ぶつかったと思った矢先に訳の分からない捨て台詞を吐かれ、呆然とその場に立ち尽くす。

…宿屋で会った男といい、今の子供といい。




「変わり者が多いようで…」



誰に言うわけでもなく、空を見上げながらポツリと呟く。

そしてふと、左の手首に付けてある数珠を眺めては自嘲気味に笑みをこぼした。









「…触ったくらいで他人を呪えるほど…人の子供にはたいそうな力はありませんよ…」



















―チリン、














鈴の音が風に乗せられ鼓膜を揺らす。
男は片手に持った、装飾の施された剣を握りしめた。




「…鬼女…、か」




幾分か離れた場所。
そこには先ほど宿屋で見かけた女がいる。

…鬼女の存在を口にした、女がいる。





「…さて…」











如何なる鬼を、浮き世は生まん

/2話へ続く
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ