紅ニ染マル轍


□赤い空
2ページ/3ページ






「あの子は可哀想な子供だ。
そんな言い方はよしとくれ」
「可哀想…?」
「ひと月かふた月前に親を立て続けに亡くしとるんだよ。」
「!」





―…ああ、これは。

何かが思考に引っかかる。
胸中には暗雲が垂れ込むかのように、重い何かが胸を覆った。
それに一瞬指先が震えるものの、拳を握り締め、話に耳を傾ける。




「おまけに…引き取ってくれた先の家の人間すらも…最近流行病で亡くなった。
今は本当はうちで預かってるが…自分のせいで人間が死んだと思い込んで帰ってきやしねぇ。」
「………」
「余所者からしたら不躾なガキだろうがな、悪く言う権利なんてありゃしねぇ。」
「そうですか…」
「…………」
「それは…大変失礼しました…」




シンと、沈黙が訪れた。

耳にはただ烏たちの鳴き声だけが届いている。
…話から察するに、おそらくその子供のことをよほど可愛がっているのだろう。
だが今の話を解するに、同情なんかでこれ以上聞くのは酷だと思ってもそういうわけにはいかない。

…一人の人間に縁在る人間が次々と命を落としていく。

明らかに何かが不自然だ。
その子供には何か≠ェ、ある。

夕陽に照らされ、かすかに揺れる宿屋の主の瞳を眺めながら、再び問いを口にした。




「あの、」
「!」
「その亡くなったというご両親…亡くなる前後に何か変わったことは…」
「何か=c?」
「…何かを手に入れたり…見知らぬ誰かが訪ねてきたり…」
「え…?あ…
…ああ、確か…壷かなんかを…」
「!」
「だけどなんで…」
「今それはどこに?」
「……?
ちょっと待て、アンタ一体何者なんだ?」
「………」
「何を知ってそこまで聞こうとするんだ。
アンタは一体…」
「………」




こちらを見る目はまるで、得体の知れない何かを必死に見定めようと細められる。
部外者が他人の事情に土足で踏み込もうとしているのだ、端から見たら自分は気味の悪い存在だ。
向けられた視線にかすかに目を伏せ、静かに答える。




「…お屋敷に仕える使用人にすぎませんよ…」
「使用人…?」
「ええ…、…主からの命で…探し物を」
「探し物、とは?」
「……!」




不意に、先ほどまで黙っていた男が口を開く。
再び冷たい風が肌をかすめた。
夕陽が差し込み、真っ赤に染まった外の風景を眺め、ただ小さく呟くように言った。










屋敷から逃げ出した鬼女を







「き…じょ…?」
「…なんて、少し厄介な事態になっていまして…」
「!」
「屋敷に祀ってある宝刀が何者かにより盗まれたのですよ…。」
「それを、貴女に、探せ…と」
「ええ」
「だからってこの村と何の関係があるってんだ…」


盗まれた刀。
亡くなった夫婦が持っていた壷。
まるで関係のない二つを並べ、一体何を言うのか。
宿屋の主は訝しげに眉をひそめる。
それをどこか楽しげに見やりながら、わざとらしく間を置いて答えた。



「―…曰く付き、なんですよ」
「!」
「故に片っ端からそんな噂を追っていましてね…。
こちらに辿り着いたのです。」
「………っ」



こちらを見る宿屋の主の目が見開き、息を呑むのが分かる。
それでも必死に、主人は自分に言い聞かせるように「バカな」とつぶやき、首を振っては否定した。


その時だった。



「…どうやら…」
「!」
「その曰く…」
「え…」
「実の、ようで」























「ぎゃああ゛ぁあ゛あっああぁっああぁ゛あああぁあっあ゛」
















「―!?」
「な…なんだぁ!!」
「………」



薬屋の男が言い終えると同時。
辺りを引き裂くように響いた甲高い悲鳴。
それに鼓動が大きく跳ねる。

間を置いて外から野次馬のざわついた声が聞こえ始まると、男は外へと飛び出した。



「!」



その背中が視界に映るなり、反射的に男の後を追った。

目前で揺れる紅色の帯を追い、手のひらを握り締める。
さすが、華奢な体とはいえ男だ。
女の自分が全力を出して走っても追い付けないくらいはある。

それどころか徐々に距離が空いてきた。
そう思った刹那、男は唐突に立ち止まる。

それを見てジワリと不快感が広がるのを感じながら、一度立ち止まり、ゆっくりと歩いてそちらに寄る。

そして男の隣で再び立ち止まり、蒼い双眸が見据える視線を追った。



「…ずいぶん派手に…」



八つ裂き、とはまさにこのことだ。
真っ赤な夕陽に照らされた辺りに、充満する粘着いた朱色の匂い。
それに表情を歪める。
今地に横たわるソレは、皮肉にも人間とは言い難い代物となっていた。
腕はなく、足はおかしな方向に折れ曲がり、腹を割かれ、辺りには泥ついた赤黒いモノが散らばっている。
夕陽に血溜まりはより一層赤い輝きを増し、その空間を深紅に染め上げた。

最早、ただの肉塊。




「遅かった、か…」
「!」



鼓膜を揺する低音。
それに我に返り、隣へ振り返った。
そして男の口にした言葉に目を見張る。
まるでこれを予想していたかのような言動に眉をひそめた。
そしてその横顔を見据えながら問いを口にする。


「貴方は…一体…」



けれども男は死体を見据えたまま、表情一つ変えずに呟くように言った。








「ただの、薬売り…ですよ…」







/3話へ続く
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ