鈴鳴の縁側
□鈴鳴の縁側
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『1日目ー突発的急性幼なじみ中毒と猫ー』
ーちりんー
今思えば…名前くらいつけてやったってよかった。でも、それだけはできなかった。
真っ白な毛並みがひどく綺麗だった。あれは白銀とでもいうのだろうか。
良くわからんが懐かれてたな…俺みたいな適当なヤツのどこがいいのか…。
ーちりんー
そういえば…
ーちりんー
あの猫が死んでから、もう1年も経つな…ー
ピピピ…ピピピ…。
「ん…う」
控え目な音の目覚ましが鳴る。もぞもぞと布団から出て、バキバキと背中を伸ばした。
「…いー天気だぁな」
深川和了。高校三年生。起床時間は朝5時20分。
朝の1時間は貴重な鍛錬に費やすことを日課にしていた。
道着に袖を通し、自宅の道場へ。その道場には既に先客がいる。そこには、父が正座をして待っていた。
「おはよう、和了」
「おはよう、親父」
「今日は何手だ」
「…今日こそ勝つ」
「勇ましいことだ」
ピリー
この空気が合図。親父は立ち上がりこちらを向くと、ゆっくりと構えた。
攻の型、丞雲…この構えは厄介だ。基本的には攻めに向いている構えでありながら、捌きと後の先を取る搦手の謳雷に受け変えが可能だ。
これは迂闊に動けないー
「どうした、和了。こないのか」
「…いくさ。いくよ、親父」
虎伏からの空歩。選択は攻の型、沙鋼!
「…257手!」
がきぃ!拳と拳が中空で交わり、空気が軋んだ。
「…悪くない。さぁ、こい」
「んんぉ!!」
朝、俺は親父と必ず乱取りをする。俺が学んでいるのは術であり技ではない。人を生かし、活かす。その過程を学ぶ上で必要なことでもある。だがそれは殺す術も同時に知ることにもなる。
活殺術、というのはそういうものだ。
これは俺にとって大切なことだ。これは医療の一つ先を行く、前衛的かつ歴史の中で埋もれず活躍してきた確かな技術が裏付けされてだな…
ーダァン!
「ぬぁっ!!」
「…201手、だ。まだまだ甘いな和了」
「…親父が有り得ないんだよ。あそこで搦手の隗翼に回られたら俺も驥尾を抜くしかない」
「…ふ…流石だな。その技術は段にしたら5段は固い」
「イヤミなのはよしてよ。次は倒す」
「期待してるさ。では、朝ご飯にしよう。母さんが待ってる。学校の用意も済ませてきなさい」
「あぁ」
乱取りが終わると二階の部屋に戻り、登校の支度をすませ、下へ。その道すがら、声をかけられた。
「にー、おはよ」
「あぁお早う鳴稀。お早うのキスはまだか」
「したことない!…ばかにー!」
冗談だ妹よ。可愛いやつめ。
「珍しいじゃないか俺が起こす前に起きるなんて。車椅子にだって一人で乗るのは大変だろう」
「ううん、平気。一人でこれくらいやれるわ」
「じゃあ風呂も一人で入れるよな」
「それは嫌駄目絶対拒否」
「…さようで」
車椅子に乗ったこいつは鳴稀。重ねて言うが妹だ。
幼ない時に事故に遭って以来、両足が不自由になり片目は隻眼だ。
…俺がいうのもなんだがこいつはブラコンだ。俺が大好きなんだな。家族愛だと俺は思いたい。だって風呂に一緒に入りたがる年頃の女の子がいるかよ。
「お前なぁ…もう言い飽きたがお前みたいな年頃で兄貴と風呂なんておかしいんだぞ?」
「…あによ…にーは私にやましい何かを持て余しちゃうっていうわけ?流石に引いちゃうわ」
「うぉい…」
違うだろ妹よ。…ってもうこの話は何度もしてる。鳴稀は絶対に降りない。勿論わけもあるのだが…。
「まぁ…いいけど」
やましい気持ちなどあるわけない。だからいいのだ。こんな性格だからいけないんだろうなぁ…
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「御馳走様。それじゃいってきます」
「お粗末様。気をつけてね」
「わかってる。モットー一般人」
「よろしい。もう母さん、『お宅の息子さんの将来について』なんて語りたくないわよ?」