Main

□あとは送信ボタンだけ
1ページ/1ページ





かちかちかち。
題名はなし、本件はたったの三文字。
柄にもなく震える親指で、一文字一文字気持ちを込めて打った。
かち。
準備は完了。
あとは、左手の親指を上にずらして、画面に表示されるこれが電波に乗って届くように一押しするだけ。
する、だけなのに。

(あ、あ。どうしようなんかもう視界霞んできた)

期待と不安と、言いようのない気持ちがないまぜになってこみ上げてくる。
押さなきゃ、という気持ちと。
やめとこう、という気持ちが。
ぶつかりあって、ひしめきあって、だめだぐらぐらしてきた、頭が痛い…。

あーっと情けない声を出して、ばすん!と枕に顔を押しつける。
眦に滲み出た水分は枕カバーに吸収された。
なんでたかが、こんなことで乙女なの俺。ありえないって。
いつもみたいに下らないことだって思って送ればいいだけじゃんか。
(実際下らなくなんかないのだけど)

「しののめのばかー」

本人が聞いてたら何も悪くねーだろと冷静に突っ込みを入れられそうだけど、どう見たってここには俺しかいないし、俺にとっては悪いことだらけだ。

お前見てるとドキドキするんだよ。
他の人と仲良いとなんでか泣きそうになるし。
そのくせ俺にだけ特別、みたいなことされると、嬉しくって舞い上がっちゃうし。
鴇、なんてあの声で呼ばれたら何でも素直にうなずいてしまう。

そんなわけで、最近は俺の意志なんて身体は全く聞いてくれない。
もう全部篠ノ女に支配されてるみたいで、しかも俺はそれを嫌じゃないと思っている。
それはどうしてって誰かに聞けば、みんな口をそろえてこういうのだ。

『お前、恋してんじゃねーの?』

あーそっかーこれが恋かー。なーんて。
普通に考えて、同じ男に恋してるだなんて言われても素直に受け入れられるはずはないのに、なぜだかその表現はぴたりと俺の心にあてはまってしまった。
ということはやっぱり俺は篠ノ女が好きなのだ。(このメールを打ったのは間違いではなかった)
だけど篠ノ女は。あいつの気持ちは、どうなのだろうか。

右手を見て、未送信のままのメール編集画面をぼんやり眺める。
送ったらどんな顔をするんだろう。
どんな返事を返してくれるんだろう。
明日、どんな顔で、俺に接してくれるんだろう。
俺としては、出来ればあの笑顔が二度と見られなくなってしまうことは避けたいのだけど。

「このままのほうが、いいのかなあ」

分厚い曇り空に吸い込まれていきそうなくらい小さな声で呟いた俺は、ごめんね未送信メールと謝って、かちりとクリアーをワンプッシュ。

『内容を破棄して、編集を中止してしてもよろしいですか?』

はいどうぞ。決定ボタンをためらいなく押せば、ぱっと待受けに切り替わる画面。
うん、これでよかったんだ、と思う。あんなメール、送られたって困るだけだし。

でも多分また俺は、メール画面を開いてあの文章をしたためるのだろう。
送れもしない臆病な三文字とともに、きっと何度も未送信メールを作るのだ。

(ああ意気地なし)





あとは送信ボタンだけ、なのにね
(最後の一歩は君が破ってダーリン)





おしまい。

片思い紺←鴇


お題拝借先>>確かに恋だった

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ