‥◆anniversaire◆‥
□無香空間
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おおよその見当をつけて登ってきた階段の最後の一段を上がったところで靴底が床を擦り、きゅっと高い音が鳴った。昼休みの喧噪が届いてこない此処では、小さなその音もやけによく響く。
ひんやりとしたノブを回し金属の扉を少し力を入れて押してやると、鈍い音と共に視界が急激に開けた。
滲みるような眩しさと冴えた青が目を射した。
「やはりここか」
輝暎に慣れた目が認識した、自身の身の丈よりも高いフェンスに軽々と座る背中へ近づきながら呟く。
雲ひとつない碧天に鮮やかに映える白いシャツと、陽光を吸収した煉瓦色の髪が風に揺れていた。
他に人の姿は見当たらない。
「なにをしてるんだ」
「こうしてると空の一部になった気がする」
広げられた両腕はいまにも空を捕らえそうで。
「危ないから早く降りろ」
突風でも吹こうものならその身体は、英国物理学者によって発見された法則に逆らうことなく忠実に、よく手入れされた植え込みへと吸い込まれるのは明らかだ。
「じゃあ、降ろして」
振り返った無邪気な笑顔は右手を差し出してきた。
それを眺めたのは1秒も経っていないだろう。
小さく嘆息し、少し強いくらいの力でその確信犯的な右手を引き寄せた。
「うわっ」
思わぬ勢いがつきバランスを崩した身体は肩から落下していく。
予想外だったのか、身体は全く反応できていないらしい。
それをコンクリートに突っ込む手前、ぎりぎりで支えてやると。
「…もっと優しく降ろしてくれると思ったのに」
苦みを含んだ声が腕の中から発せられた。
「アクロバティックは得意だろう」
右腕一本で支えていたのを胸に抱え直しながら言うと、拗ねたような大きな瞳とぶつかった。
「…そういう問題じゃないと思う」
当たり前のように放たれた言葉に対する力無い反論は、凪いだ緩い風によって掠われた。
+Fin+
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菊丸英二誕生日記念物として書いたものです。
「メジャーだかマイナーだか微妙だ」と言ったら間髪入れず「マイナーでしょ」と言われたCPです。そうだったのか。
気分屋の確信犯も、やはり天然には敵わないよね、という話。