‥◆anniversaire◆‥

□大呂
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「っ…」
「どうした」
「…指、切った」
「見せてみろ」

 いつになく素直に差し出された人差し指に、細く赤い線が滲む。
 これなら出来るだろう、と任せた書類整理の途中、紙の束で切ったらしい。

「このくらいなら、舐めておけばすぐ治るな」

 細めの指先に滲んだ赤を舌ですくい取ると、甘い鉄の味がした。
 中途半端になっている書類の整理を替わり、傍にあった椅子に座るよう命じれば、大人しくそれに従う。

「何かあったのか」
「別に…」

 いつもなら隠すような怪我を素直に申告することも、部活以外での指示に大人しく従うことも、今までにはなかったこと。
 なにより、この生徒会室に足を踏み入れてくることが珍しい。というより、初めてだ。
 どんなに急ぎの用があろうとも、決して此処には近づこうとはしない。他の役員の手前、来ずらいのだろうと思ったが、会長である自分一人しかこの部屋にいない時でさえもそうだった。
 前に一度、不思議に思い聞いてみたことがある。すると、返ってきた答えは。

「この部屋は距離を感じるから」

 意味が分からず問い返しても、戻るのは同じ言葉だった。

「…その手でどれだけのものを掴んできたんスか」

 唐突にかけられた声は、紙の擦れる音の間を縫って耳に流れた。
 手元に落としていた視線を声の主へ向ける。

「その腕は、今どれだけのものを抱えてるんスか」

 正面から真っ直ぐに見据えてくる大きな瞳。
 一片の迷いも、曇りも存在しない。逃げることを知らないもの。
 手にしていた書類の束を机に置き、数歩移動する。
 伸ばした手で漆黒の髪を柔らかく撫でると、そのまま抱き寄せた。
 両の腕におさまる温もり。
 壊さないよう、大事に。大事に。

「今抱えているものの中で、一番これが抱えにくいな」
「…何それ。チビって言いたいの」
「…いや」

 軽く笑むと、抱えた頭越しに窓の外へ視線をずらした。
 青とオレンジ。
 その中を雲が流れることで作り出された、より自然なグラデーションが狭い部屋を侵食し、自分たちをも染め上げる。
 冬の透き通る空気は、真っ直ぐに自分を見てくる瞳のようで、とても心地良かった。


  +Fin+


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 越前リョーマ誕生日記念物として書いたものです。
 冬……ってもう手塚はとっくに生徒会長じゃないですよね。
 本当は秋、9月上旬くらい(次期生徒会への引継作業中)の話にする筈でしたが、リョーマの誕生日物ってことで、敢えて冬にした記憶があります。
 こんな矛盾はよくあることってことで(笑)。

 

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