‥◆anniversaire◆‥
□或香
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最終の電車が足下をくぐるのを見送って歩線橋の錆び付いた手摺りに寄り掛かる。
繁華街とは違い、さすがにこの時間になると人気はほとんどなくなり少ない街灯は物悲しく灯っているだけだ。
視界の限りが闇に包まれる天上と地上には境目が消失し、自分の居場所が不安定になった気がした。
「それ、おいしい?」
すぐ隣に浮かぶオレンジの小さな灯をちらりと見る。
「別に」
「…煙草ってさぁ、いかにも毒っぽいよね」
素っ気ない返答と共に吐き出した紫煙が闇に白い線を引く。その様子は少しずつ削り取られる魄を思わせた。
「一本貰っていい?」
承諾を得る前にジャケットのポケットから素早く煙草を拝借する。
真っ赤なパッケージが毒々しさを醸し出しているような気がして指が少し躊躇った。
一本抜き取り百円ライターの味気ない音で火を点ける。
葉の焦げる独特の香りをゆっくりと吸い込めば、喉を通る刺激に次いで濃い香りが肺に、じんわりと広がり染みをつくった。
「最近、流れ星って見た?」
「んなもん興味ねぇ」
「だろうね。―――よっと」
凭れていた手摺りを背中で押しやり、その反動で数歩前に飛び出す。飛び出しざまにオレンジの灯を落とすことなく左手が奪えたのは持ち前の動体視力の成せる技。
「どっちだ?」
勢いのまま振り返ると煙草を持った両手を、訳が分からないといった顔の前に突き出す。
「さぁ、どっち?」
鋭い目が二本の間を一往復し、躊躇なく左手の煙草に指が伸びる。
それに必要とした時間はわずかに数秒。心臓が三度、力強く血液を押し出したくらいだろうか。
左手の短くなったものと、右手の火を点けたばかりのもの。どちらか、などと聞くまでもない。
流れ星に願掛けをしようなんて。同じ毒に侵されて二人の距離を縮めようなんて。きっと気づいてはくれないのだろう。
素直に縋りつくには薄っぺらなプライドが邪魔をするから、小さな遊び心で混ぜっ返す。
微量の期待をのせた目で左手に伸びてきた指を捕らえた時、ミリ単位の距離を残してそれは止まった。
次の瞬間。
「…ちっ」
小さく舌打ちをして引っ掻くように乱暴に右手の煙草が奪われた。
呼吸も、心動も。全てが止まった気がした。
「……なんだよ」
都合の良い見間違いかと確かめるように見開いた目に、鋭い視線が刺さる。
今この場に鏡があったら、どれだけ自分が間の抜けた顔をしているか、客観的に見てよほど呆れたに違いない。
「……新しく火点けるのが面倒くせぇだけだ」
そう言って勢いよく紫煙が宙を舞った。
流れ星に願掛けをしようなんて。同じ毒に侵されて二人の距離を縮めようなんて。
いつの間に落ちたのか、足元に転がる短い煙草は灯が消えていた。
+Fin+
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千石清順誕生日記念物として書いたものです。
初めての他校CPです。しかもゴクアク。氷帝とかでなく山吹。
友人に驚かれました。自分でも驚きでした。多分、ゴクアクで活動していた友人の影響だったのだと思います。
因みに、亜久津が吸っている煙草はイヴサンの赤です。
友人に聞いたところ「亜久津は赤マル」という答えが返ってきたのですが、ちょっとイメージが違う気がして。
彼のイメージではなく、あくまでこの話に出す煙草のイメージという意味ですよ。
そんなわけで、この話に関しては煙草はイヴサンの赤。あの毒々しいパッケージがイメージです。