‥◆obscurite◆‥
□氷霜
1ページ/1ページ
+++
いらない。
そう言いながら近づく手は確かに欲していて。
ゆっくりと伸びてきた白い指が、何の躊躇いもなく眼鏡を引き抜いたから。
容赦なく磨りガラスを降ろされたように。
半透明のフィルムを二重三重にも張り付けられたように。
一瞬にして全ての境界線が曖昧になった。
近接した顔の輪郭さえも。
静かに重ねられた唇はひんやりとしていて陶器のようだと思った。
一度離れ、間を置かず再び重ねられても、やはり冷たくて。
金属のように簡単には熱を移せないものなのだろうか。
「なんで抵抗しないの?」
「してほしいのか」
「……どうだろう」
頬を緩く挟んでそのままするりと首を撫でた両の手も冷冽。
この手に力が込められても、繊指が喉に食い込んでも、自分は抵抗しないのかもしれない。
呼吸が窒礙することなく細腕が背中を這えば、柔らかな金糸が頬と首に触れ、そこから鼻先を掠めたのは仄かな香り。
顔の埋められた肩が少しの重みと、そして何かじんわりとした熱いものが一筋流れるのを感知した。
まさかと思いながら逡巡している間に、それはしっとりと舌に搦め取られた。
不意に肩が軽くなる。
揺れるふたつの瞳を見ても、朦朧とした視界は正確な判断を鈍らせ。
重ねられる唇は冷ややかで氷鏡のようだった。
「なんで抵抗しないの?」
「……欲しいのか」
この身体が。
「いらない」
胸元を撫でた繊手は確かに欲していた。
+++
+++
これも『地下』という認識の場所に置いていた話です。
どう捉えられるかは解りませんが、私の中では塚不二です。
敢えて時間帯も場所も限定しないように気を使いました。色みとしては白一色のイメージ。
「駆け引きというほど尖ったものではなく、もっと迷いの混ざったものを書いてみたかった」らしいです。当時のあとがきより。
これも『久遠昏冥』同様、好きだと言って下さる方が多かったです。