‥◆obscurite◆‥

□氷霜
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 いらない。

 そう言いながら近づく手は確かに欲していて。
 ゆっくりと伸びてきた白い指が、何の躊躇いもなく眼鏡を引き抜いたから。
 容赦なく磨りガラスを降ろされたように。
 半透明のフィルムを二重三重にも張り付けられたように。
 一瞬にして全ての境界線が曖昧になった。
 近接した顔の輪郭さえも。

 静かに重ねられた唇はひんやりとしていて陶器のようだと思った。
 一度離れ、間を置かず再び重ねられても、やはり冷たくて。
 金属のように簡単には熱を移せないものなのだろうか。

「なんで抵抗しないの?」
「してほしいのか」
「……どうだろう」

 頬を緩く挟んでそのままするりと首を撫でた両の手も冷冽。
 この手に力が込められても、繊指が喉に食い込んでも、自分は抵抗しないのかもしれない。
 呼吸が窒礙することなく細腕が背中を這えば、柔らかな金糸が頬と首に触れ、そこから鼻先を掠めたのは仄かな香り。
 顔の埋められた肩が少しの重みと、そして何かじんわりとした熱いものが一筋流れるのを感知した。
 まさかと思いながら逡巡している間に、それはしっとりと舌に搦め取られた。
 不意に肩が軽くなる。
 揺れるふたつの瞳を見ても、朦朧とした視界は正確な判断を鈍らせ。
 重ねられる唇は冷ややかで氷鏡のようだった。

「なんで抵抗しないの?」
「……欲しいのか」

 この身体が。

「いらない」

 胸元を撫でた繊手は確かに欲していた。


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 これも『地下』という認識の場所に置いていた話です。
 どう捉えられるかは解りませんが、私の中では塚不二です。
 敢えて時間帯も場所も限定しないように気を使いました。色みとしては白一色のイメージ。
「駆け引きというほど尖ったものではなく、もっと迷いの混ざったものを書いてみたかった」らしいです。当時のあとがきより。
 これも『久遠昏冥』同様、好きだと言って下さる方が多かったです。

 

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