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□Deuilの作り方B
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『3.二人の秘密』







二人が一緒に生活しはじめて暫くたったころ、ユーリはスマイルにそろそろあのことを言わなければならないと思っていた。



スマイルの部屋の前、ユーリは片手を挙げたまま軽く深呼吸した。

コンコン。

部屋の中から足音が近づいてきて、ひょこっとスマイルが顔を出した。

「ユーリ、どうかした?」

「…スマイル、言っておきたいことがあるのだ」
「?」
不思議そうに小首を傾げるスマイルだったが、どうぞ〜とユーリを部屋の中のソファに座るよう促した。


「なに?ボクに言いたいことって」

スマイルはユーリと向かい合って座ると、ユーリの少し硬い表情を読み取ったのか、珍しく真面目な顔で聞いてきた。



少しの沈黙の後、ユーリは目を臥せて呟いた。

「…今夜は、血を飲まなければならない」
「え?」

今度はスマイルの目を見てはっきりと言った。

「今夜が、飲まなければいけない日なのだ」


吸血鬼は、必ず満月の夜に生まれる。その後最低でも年に一度、誕生月の満月の夜には血を飲まなければ生きていけないのだという。

「だから、今夜は誰かが犠牲になるのだ」

「でも、じゃぁ今日が誕生日ってこと?」

「…何度目かは忘れたが、一応な」

「そっか!おめでとう、ユーリ!」
「な…」

にっこりと笑うスマイルに、ユーリは言葉を失った。
今まで、自分の誕生日をおめでたいなんて思ったことはなかった。思えなかった。
事実、誰かの血を飲まなければいけないし、みんなが吸血鬼を怖れていたから。
同族以外にこんなにまっすぐに祝福されたのははじめてだった。

「…ありが、とう」

ユーリも遠慮がちに微笑んだ。
するとスマイルが

「…君が秘密を教えてくれたから、ボクも教えてあげるね」

気になってたんでしょ?と、ずっと巻いていた左目の包帯を外しはじめた。
確かに気になっていたが、なんとなく聞けずにいたことだ。
手慣れた様子で包帯を扱うスマイルを静かに見守る。


はらり、と全ての包帯が外されるとそこには、閉じられた左目に縦に長く走る傷があった。

小さく息を飲むユーリ。

すると、ゆっくりとその左目が開かれて瞳が露になった。

右の、ユーリと同じ深い真紅の瞳とは違う、眩しいような、それでいて透明で輝くような金色の瞳だった。


「美しいな…」

思わずじっと見つめてしまう。

「アリガト」
スマイルは照れたように笑うと、ふと顔を曇らせた。
コレを取るといつも思い出す。

「この左目、ボクの兄のなんだ」

あの家
あの人たち
哀しみ、痛み、愛情

「ボクの親は再婚同士で、ボクは父の、兄は母の連れ子だった。父はボクを大切にしてくれてたし、兄もとても優しかった。でも、母はそれを妬んでてよく虐められてたけど、そんなことは平気だった」

あの日までは……



あの日は大雪の吹雪だった。父は留守で、なにかの糸がプツンと切れたんだろう、ついに母はボクに包丁を向けた。何度も暴行を受けた体は、母の狂気にすくんでしまって動けなかった。左目からは血がドクドク出て、ジンジン痛くて、
なにがなんだかよくわからなかった。
さらに母が包丁を振り上げようとした時、ボクを呼ぶ兄の声が聞こえて……。


次に目覚めたら、ボクは病院のベッドの上だった。
左目に包帯をされたボクの横に、同じく左目に包帯をしている兄が立っていて、どうやらずっと眠っていたボクの手を握っていてくれたみたいだった。

ボクが目を覚ますと、兄は安堵したような、でも今にも泣き出しそうな表情で呟いた。
「ごめん、スマイル。俺のせいだ。俺がもっとしっかりしていれば」

「…兄さん、なに言ってるの?その包帯は?」

傷が痛んだけど、ボクは精一杯声を絞り出した。
すると兄はボクの大好きな金色の目を細めて優しく微笑んだ。

「スマイルは気にしなくていいんだ。俺がしたくてしたんだから」

「…どういうこと?」

どうして兄さんも目に怪我を?あの人は絶対に兄さんを傷つけたりしないのに。
まさか。

「兄さん、まさか…その左目…!?」

「いいんだよ、スマイル」


「っ…なんで…」

「たった一人の弟だ。守りたかったんだ」


…泣きたかった。
でも、頭も心もなぜか空っぽだった。
悲しすぎると空っぽになるんだって、知った。

兄の目を奪った弟。


…兄さんのおかげで、ボクの視力は回復した。
兄さんは左目に深紅の義眼を入れた。


でももう、あの家には帰れない。
一緒にはいられない。
迷惑がかかるから。

兄さん…ごめん。

本当に、ごめんなさい。

ボクは黙って病院を抜け出した。

それから適当にふらふら旅をして、何年も。もう正確には覚えてないくらい。


「…で、あの日ユーリに拾われて今に至るってワケ」

「……なるほど」

ふざけた面しか知らなかったスマイルの、意外な重い過去を聞いてしまい、あまりうまく言葉が浮かばないユーリ。
でも、これは言える。

「もう、大丈夫だ。スマイル」

「ユーリ…」
一瞬驚いて、ふっと泣きそうな顔で微笑むスマイル。

「そうだね」

いつかきっと、生まれてきて良かったって思えるよね…。







「ところで、もしボクで良ければ飲んでいいよ」
「え…」

スマイルはぐいっと服の襟元を引っ張り首筋を露にする。

「…いいのか?」

「だって街に行ったら騒ぎになるデショ?」

「確かにそうだが…取って喰わないと約束したのに」

「ヒッヒッヒ。話聞いてくれたし、ちょっと飲むくらいなら大丈夫だよ。美味しいかは別にして」

「うむ…」


暫く悩んだユーリだが、スマイルの言葉に甘えることにした。

ゆっくりと細い首筋に牙を触れさせる。

「あっ…」
チクッとした小さな痛みのあとに、ジンと身体の芯が鈍く痺れるような快感。

牙が神経に作用して快感を与えることで吸血しやすくしているらしい。

すうっと牙が抜けると、スマイルの首筋には小さな二つの傷だけが残っていて、既に血は止まっていた。

「ご馳走様」
ユーリが口元を拭うと

「吸血って気持ちいいんだねーなんかヤダー」

スマイルがいたずらっぽい表情で笑った。

「しかし、お前はもっといろんな物を食べろ。カレーの味がしたぞ」

「え!ウソ!?」

「うそだ」

今度はユーリがいたずらっぽく笑う。

実は、スマイルの血は驚くほどに旨かった。
濃厚で、芳醇なのに後味すっきりで、くせになる味だ。

「これはマズイな…」

「えっ不味い!?」

スマイルの慌てた声に、こっそり笑うユーリ。





二人の秘密

今日からは
二人だけの秘密


お互いのことを知るたび

どんどん増えていく









つづく。
(2011/7/24)

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