マカロンひとかけ

□拾われ仔猫。
1ページ/1ページ


にゃあ。


小さく鳴く声がした。


「何の騒ぎ?」


執務室へ続く廊下の途中、複数人の人だかりがあった。
単なる雑談か、と思ったがどうやら違うようだ。
不思議に思って、ひょこりと顔を覗かせると、僕の顔を見るなり「吉良副隊長!」と少し慌てたような声が上がった。

「どうかしたの?」

訊ねると、集まっていた隊員が言いにくそうに顔を見合わせ、怖ず怖ずと口を開く。
「……猫が、」
「猫?」
ごめんね、と人を掻き分け、縁の下を覗くと確かに、やせ細った猫がいた。
ボサボサの毛並みの隙間から覗く、灰に汚れた皮膚。
暗闇に、金色の瞳だけが濡れたように光っていた。
「震えてるようだね」
かたかたと小さく身を震わす様は、体力の限界からか、それとも、多くの視線に怯えてか。
「おいで」
手を差し伸べて、小さく指を振る。
フぅ、と小さく威嚇するように鳴いた。

「止め」

頭上で、諭すような声。
顔を上げれば、見慣れた顔が眉をしかめていた。
「市丸隊長」
「捨てる命なん、構う意味がわからん」
「すてる、って、そんな……」
「イヅル、そいつんこと死ぬまで面倒見切れんの。飼う、云うことはそうゆう事やで。中途半端な情で構ったらアカン。そいつかて迷惑や」
言うなり、散れと云わんばかりに片手で隊員達を追い払う。
未だ体を振るわせる姿に、僕は隊長の言葉を繰り返した。


『中途半端な、情で』


「イヅ、もう止し。」
行くで、と僕を急かす。
猫は小さく震えていた。
「…僕は」

僕は、この子が生きているこの瞬間を見たんです。
この子が死んだら、きっとかなしい。
もののいのちをかいまみたから。
それなのに。このまま、

「――見殺しにしろと仰るのですか」

自分でも恐ろしく冷たい声だったと思う。
だって、僕だって吃驚したのだ。
隊長が、そんな、――そんな悲しいことを言うなんて思ってもいなかったから。

「見殺しになんて言うてへん。構うな、言うてるだけや」
「同じじゃないですか!」
じと、と冷たい目が見下ろす。
僕を。
呆れているのだろう、か。
「ッ……そんな、の…………すみません」

弱い。

こんな時でさえ、僕は、隊長に嫌われるのを恐れている。
子猫一匹の命さえ、救えやしない。

隊長にとって、僕は、この猫と同じなのだろうか。
気紛れに拾われて、懐いたから側にいて。
本当は、捨てる気だったのかもしれない。

「……僕は」

みゃあ、と、小さく鳴いた。
震えた声だ。
金色が濡れて僕を映す。

生きたい、と、


みゃあ。

「……鳴かないでよ」

僕じゃキミを倖せにはできないんだから。





――骸を見たのは僅かに数日の後のこと。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ