短編2

□瞬間
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別れたらそれで終わりだと思った。


瞬間


受話器の向こうの友人は涙を殺して続けた。

「でももういいんだ。メールもアドレスも全部消したし。もっといい男捜すわ!」

彼女は強いと私は思った。友人はありがとうと言うと受話器の向こうから消えた。

私達もこうなるんだとばっかり思っていた。別れたら終わり。友人に相談して泣いて新しい恋を捜すのだと。

再び電話が鳴った。時間的にああ彼だなとわかった。









招き入れるのが先か乱暴されるのが先か。

若干鉄の錆びたような臭いがする彼が私を壁に叩きつけるように追い詰めた。当然それは鉄なんかの臭いではないけれど。

舌で舌を懸命に追い掛ける。拘束された手首が痛い。そして躓くようにしながらベッドまで簡単。



思いやりのない激しい行為だ。気持ち良いとは思えない。でも痛みが妙に愛おしかった。

追い掛ける。彼に置いて行かれないように。ただひたすら、無我夢中で。
手が空中を掻いてやっと背中に触れた。
いてーよ。と冷たい声。









――結婚しような――


また、だ


――じゃあさ、今度旅行に行こう。外国に。楽しみにしとけよ――


旅行?

なにを馬鹿げているの?連れて行ってくれたことなんて、一度も


――大事にするから――


こんなふうに痛くすることが、貴方の言う大事にする?


――愛してる――


ああ、まただ


浮かぶのはシーツでも淡いライトでも黒いスーツでもなかった。

揺れる海が見えていた。

別れたら終わりじゃなかった。愛がなくなったら都合の良い女。あんなに愛されていたのに、今は、今は、

「愛してる」の代わりなのか、「声がうるさい」と彼は言った。




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