捧げ物

□スピカヘラブソング
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虫の達の奏でる音が、響き始めた夏の終わり。
少し肌寒くなりつつあり、かすかに身震いをする。

冷たい水が指先から、す、と熱を奪っていく。
かちゃかちゃ、と物と物がぶつかり一々音をたてる。


「梢綾」


野太い男の声がした。
それは私の名をぽつりと呟くような小さな声だったが
虫の音よりも、物等の音よりも確かにはっきりと聞こえた。

なんとも、愛しい声であった。


「手伝おうか」
「構わん、これくらい、私にもできる」


首を伸ばし、男は私の手元をのぞき見た。
私はそれに目もくれずに、ひたすら事を続ける。


「甘えてくれって前にも言ったのに」
「こんな事もできぬようでは、嫁など務まらん」
「そういう一生懸命なとこ、マジで可愛い」


ひし、と私を後ろから抱き込む。
腹回りを抱くその腕を見た時、どき、と確かに心臓が跳ねた。
遙かに低い位置にある私の肩に、顔をのせてくる。


「・・・何が狙いだ?」
「狙ってねぇよ、ちょっと構ってほしいだけ」


そう言って、腰に回す腕に少しだけ力が入る。
ぎゅっと抱き締められたと分かって、頬が熱くなる。


「修兵、くる、しい」
「ごめん、加減できなかった」


そう言いながら離れた腕に少しだけ、寂しくなった。
振り向けばそこで申し訳なさそうに頭を掻く修兵がいて。
勝手に足が動き出して、そのまま飛び込むように胸に抱きついた。


「ちょ梢、綾」
「・・・」
「可愛いことすんなよ急に」
「お、お前が構ってほしいだの言うからであろう!もうこれで気は済んだか」
「こんな事されちゃもう駄目だ、もっと」


それ以上開きそうな口にふつふつと腹が立ってきた。
そのまま顔面目がけて拳をたたき込むと、ぐあ、と鈍い声を出してぶっ飛ぶ。


「もうこれで、気は済んだか?」
「す、済みました、調子乗ってすんませんでした」


自分でやったとは言えよろよろ、と立ち上がるその姿があまりにも惨めだった。
近づいてそこを優しくさすってやると、でれ、と屈託のない笑顔を向けてくる。
それにつられてやっぱり笑ってしまう。


「・・・すまん、痛かった・・・よな」
「大丈夫、慣れてるから」
「慣れてしまったのか」


いやそういう意味じゃなくて、と慌て出す修兵にまた笑みが零れた。
浅く笑う私を見つけて、修兵もまた笑って見せた。
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