捧げ物

□From A to Z
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「もし何があっても、私のところへ来るな分かったな!」









俺の妻はとにかく、とにかく料理が下手である

包丁の持ち方が覚束なくて、隣にいる俺をひやひやさせてくれる

いつか「あ」と彼女が指を切ってしまったことがあった
それ以来、料理で食材を切るのは絶対に俺だ分かったな、と強く言いつけてある


「檜佐木」

「はい?」

「今夜の夕飯作りだけは絶対に手伝うな、まず近づいてくるな」


それなのに、ついさっきのことだ

自分でも薄々気付いている「極度の心配性」だという俺にそんなことをずかずかぬかす

冗談じゃねぇ、そんなことしたら指の一本や二本簡単に切り落としちまう

当然俺は、そんなことできるかと強く抗議した


「いつまで私を子ども扱いする気だ、親にでもなったつもりか!」

「あんたの旦那だからでしょう!心配するに決まってんじゃないですか」

「心配だと?そんなことをしてくれと誰が頼んだと言うのだ」


な、そんな子に育てた覚えはないぞ・・・!!

それでも断固として許可しない俺を、ついに隊長は縄で雁字搦めにしてきやがった


「ちょ、ほどいてください!」

「黙れ」


そのセリフと共に俺の顔の真横にクナイを突き立てられた、っひ、と情けない声が零れる

それを見届けて隊長の満足げな顔で台所へと足を進めた





「ちっ、本当にうるさい奴だな・・・」


確かに私の料理の腕が壊滅的だと言うのは知っている、それで何度檜佐木を殺しそうになったことか

そのことを今回訪ねた夜一様に相談すると
儂が一肌脱いでやろうと簡単な料理の作り方を直々に教えてくださった

だからこの度、その夜一様直伝の究極の料理をあんな奴のためにふるってやろうと思ったのに


「今に見ておけ檜佐木修兵・・・絶賛させてやるからな」


そうして静かに、蛇口に手をかけた




「ああ今頃指を切り落としちまって泣いてたらどうしよう!!」


さっきからぎゃーぎゃー叫んでほどけと訴えているのだが、何の反応もない

まさか・・・と最悪の状況を考えると、鳥肌が止まらない

くそ、なんでほどけないんだ、どんだけ力一杯縛ったんだあの人は!!


そうして悶え続けること早10分


「え、ちょっと隊長!?煙!煙!」

「案ずるな、少し焦げただけだ」

「嘘つくな!」


明らかに何かを焦がしたと分からせる、その異臭

もはや晩メシのことは諦めて、ただ隊長の無事だけを願っていた



そして1時間後



「ほんとに・・・できてる」

「当たり前だ」


俺の目の前には、じゃがいもやにんじんがいびつな形をした肉じゃがだった

形はどうであれ、香りも、色も、肉じゃがに間違いはなかった


「これ、ほんとうに隊長一人で作ったんですか」

「馬鹿を言うな、当然だ」

「やるじゃないっすか隊長!さすが俺の嫁!」


たまらずぎゅっと抱き締めると、照れているのか俺の胸にそのまま顔を埋めた

よしよし、と頭を撫でてやるとじっとしてる隊長がもう可愛くて

放してやると、早く食えと急かすから早速箸を手に取っていただきますと手を合わせる


「し、正直に言えよ」

「へいへい」


じっくり俺の食べる様子を覗ってくるもんだから
少しどきどきしながらゆっくりそれを口へ放り込んだ

数回もぐもぐ口を動かすと、鼻孔をつく香ばしい匂い、ほのかに甘みがあって


「正直言いますよ隊長」

「あ、ああ」

「美味すぎる」


いつにないすっとぼけた顔をしばらくして、ぱあぁっと表情が華やいでいく


「そっそうか!」

「うん、毎日作ってくれてもいいかも」

「ほ、ほんとか!」

「マジで美味ぇ、いっぺん食ってみ」


ひとつじゃがいもを放り込んでやると、もぐもぐ美味そうに食べた


「美味いな」

「また作ってくださいね」

「・・・まあ、考えてやらんこともない」

「じゃあ、これご褒美」

そう言って、軽く不意打ちのキスを隊長にしてやった


From A to Z
(最初から、最後まで、君を愛す)
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