捧げ物

□I like to see you
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「・・・さみぃ」


遙か彼方でネオンの光がゆらゆら揺れている

どことも知らない屋根の上にすとんと腰を下ろして
吹き付けてくる冷たい冷たい風がどうしても我慢できなくてじっとしていられない

灯りも電柱のみになり、寝静まった人間達が今はすこしだけ憎い


「くっそ・・・」


冷え切った肌をどうにか摩擦で暖めながら、ただ待つことしかできない自分が酷く腹立たしい

すると俺の反対側に腰を下ろしていたある部下が、ずずっと鼻をすすりながら顔を出した


「どうした、別に寝ててもいいんだぜ」

「眠れるわけないじゃないですか、人が悪いなあ」


困ったように浅く笑うその部下の表情に、ついついはっとさせられる

そして脳裏にはくっきりとあの人の笑顔が浮かんできてしまう

風が余計に冷たく感じた





「檜佐木・・・」


しばらく空間を漂って、天井に向かって消えていく彼の名を見つめた

いつもなら重ねてくれる自分の名は、今日はない

あいつの温もりも、不器用な笑顔も、今日だけは隣にない


たったの一晩だけなのに、1度眠りさえすれば目が覚めてそこにあいつがいるかもしれないのに

そのたった一晩も、私は越えることができない


「ずいぶんと、浸かってしまったのだな」


あの男に

そう考えると隣にいないということが、ひどくひどく寂しく感じるのだ

無造作に置いてあった毛布を頭から思い切り被ってみても、冷えていく自分の心は暖まることはない

虚しさと寂しさに押しつぶされそうになった、その時だ無意識に伝令神機に手をかけていたのは





ぴぴぴぴ


静まりかえっていたその場に、機械音が控えめに鳴った

しん、と耳をすませば鳴り続けているのは俺の胸元からだった

なんだろう、その時はただ嫌な予感しかしていなかった


「虚か・・・?」


他の派遣隊からの虚出現の報告か何かだろうか

そうならば、と今まで重くてぐったりしていた体を無理にたたき起こして
その鳴り続ける伝令神機を、急いで手に取り耳にあてた


「もしもし、こちら檜佐木」

「・・・今取り込んではいないか、檜佐木」

「え、声・・・た、砕蜂隊長?」

「質問に答えろ、今取り込んではいないか」

「はい、大丈夫」


そうか、と少しだけ安心したようなその声は、確かに、彼女のものだった

胸が高ぶって、ぎゅっとそれを握る手に力が入る


「でもどうして、」

「ひ、暇ではないかと気を利かせてやっただけだ」

「お気遣い感謝します」


明らかに声が浮いていた、それに微笑みをくわえて少し憎たらしく返事をする

本当だからな!とむきになる彼女らしさに、思わず笑顔になる

機械ごしにでも、きちんと温かさは伝わってくる


「・・・砕蜂隊長、寂しくないですか?」

「寂しいわけ、ない、だろ」

「俺は寂しいよ」


息が詰まったのが分かった


「すっげぇ寂しい、早く帰って隊長に会いたい」

「・・・莫迦者が」

「・・・え?」

「お前は本当に莫迦者だと言っておるのだ・・・この、莫迦」


どうしてだろう、目の前にいなくても、分かってしまう

涙を流していることが、分かってしまう


「私も、お前に会いたい、会って、抱き締めて欲しい」


ぐっと、胸が刺された痛いくらいの感情がこみ上げてきた

ずずっと鼻を一度すすって、もう一度きちんと耳にあてた


「じゃ・・・今夜はきちんと寝てください」

「・・・」

「明日の朝、目が覚めたら俺がいてやります、だから今日はちゃんと眠って」

「檜佐木・・・」

「朝一番に、ちゃんと抱き締めてあげるから」

「・・・ああ、約束」

「絶対に、守りますからね」


最後に温かく笑ってくれたような気がして

俺は満足して、その通話を終えた



月明かりだけが、俺たちを照らしていた


I like to see you
(一晩だけ。一晩も。)
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