捧げ物

□You're all I need
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絵の具をといて流したような空が広がっていた。
幾分、書類の整理は済んだとして、今は茶に舌鼓をうっている。
不意に外から吹き付ける風がなんとも心地良くて、ついのんきにあくびが漏れた。
猫がするように目元をこする仕草、それに気付いてはっとするのは大方あの人の影響だ。


「良い天気っすねぇ」

「なんだ大前田、親父臭いぞ」

「はぁ、俺もいい歳なんで、否定はできませんよ」


そう言う大前田は私に批判することをめんどくさがったようにも見える。
いつもなら腫れぼったい唇を向けてうんざりするほど抗議するのに。拍子抜けだ。
それがどうしてつまらなく、空になった湯呑みを持ち上げて入れ直せと注文をつけた。
その際もへいへいと気が抜けるような返事をして、逆らうことなく台所へ向かう。

何時も通り、私の好みの濃さを的確に把握した茶が目の前に出された。
そしてよろよろと自分の席へ戻る大前田。
本当に、今日のこいつはなんなんだ。こき使う私への当てつけか。


「ぁあ…眠ぃ」

「寝不足か、できる限り早く就寝しろとあれほど言っているだろう」

「分かってますけど、俺だっていろいろあるんすよ。隊長と違って、脈広いんす」

「黙れ」


ああ、すこしでも気にかけた私が馬鹿だったらしい。
いつものように私が未熟な部分に悪態をついてくる男が、やっぱり憎い。
こいつの、どこか気さくで楽天的なところから顔が広いことは知っていた。
それに比べて私の無愛想な言動は、やはり人を近づけさせない雰囲気を漂わせる。

そこのところ、大前田を見習うこともある。





実を言うとこの目の下にできたクマは元はと言うとあんたのせいだった。

俺だってこぢんまりした小さな居酒屋にだって足を運ぶ。
同僚や部下と仲良く酒だってむ、相談だってされる。


「で、聞いて下さいよ大前田さん」


昨晩同僚達とみに行った時、偶然居合わせた檜佐木に相談を持ちかけられた。
いつもよくんでやがる檜佐木がその日と言ったら変に神妙顔つきをしてて。
俺は一人でちびちび呑むのが好きなんだが、この日だけは付き合ってやろうと思った。

話を聞けばそのお悩み事とは案の定、やっぱりうちの隊長の話。
ついさっきみませんかと誘って断られたところだ。


「俺は、彼女を幸せにしてあげたい」

「…してやりゃいいじゃねぇか」

「どうすれば、幸せにしてあげられるんでしょうか。俺、ばかだから、よく分かんなくて」


はじめは馬鹿な質問だと思った。
けど檜佐木のどこまでも真剣な瞳に一度、言葉がでなかった。
こいつの、あの人への気持ちってのにはいつもやられる。

ほんとに馬鹿みてぇに、真っ直ぐで。


「隣にずっといてやれよ」

「…え?」

「たったそれだけだ、簡単じゃねぇか」


それが折れないように、俺はすこし支えてやってるだけだ。

すこしして檜佐木はくいっと酒を飲み干して、そうですねと嬉しそうに笑った。







ああ、すこし干渉しすぎただろうか。
俺は上司の恋を応援するほどお人好しでもないし、あの人とはただの主従関係にあるだけ。
ただ、ただあの人には人並みの幸せってもんを感じてほしいだけだ。

…言ってたら彼方の方から、走って来てるらしいざわついたあの男の霊圧。
書類整理を再開し、集中した彼女はまだそれには気付いていない。


「あーっ…だりぃ」

「戯言のぬかすな、手を動かせ」

「あーちょっと、ちょっとだけ休憩くだせぇ」

「はぁ?!ちょ、待て!大前田!」


部屋を出た後、心臓のあたりが突然こそばゆくなった。




俺に出された答えというものは、あまりにも容易なもので。
それじゃ足りないんじゃないか。と疑問にさえ思った。

だがけっきょく納得した。
ずっと隣にいるってのは、簡単そうで、でも実はとっても難しいこと。

けどな


「隊長」

「…檜佐木」


あんたのためなら俺、なんだってできるんだよ。


「俺はあんたを幸せにします!」


勢い任せの俺の言葉に、彼女はこくりと頷いた。




You're all I need




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「それは、プロポーズと思ってもいいのか?」

「はっ、はい、もちろん」

「ふ…よろしく、たのんだぞ」



10.03.30 杏奈様へ
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