《act.1
〜 運命の魔法使い 〜》
俺の名はカイジ。
伊藤開司。
そんでここは世界中どこにでもあるような、小さな田舎街。
その片隅の小さいが唯一の宿屋兼酒場で、俺は働いている。
現在の時刻は、ちょうど深夜零時を回ろうかという頃。
外は…嵐が来るのか、酷い雨と風。
そんな時でも…。
否、そんな時だからだな。
ジッとしていては暗くなりそうな気分を紛らわすため、陽気な住人共は酒場に集まり、呑んだり騒いだり…かなり騒がしい。
んなモンだから、俺も特別忙しい…。
気付けば今日の飲み代金を賭けての、ポーカーや麻雀といったギャンブルまで始める奴らもいる。
そんな皆の気分が絶好調の中、静かに開いた酒場の、扉。
吹き込む風と雨。
また誰か街の奴が来たのかと思って振り向いた俺の視線の先には…。
「…………」
フードを目深に被ったずぶ濡れの知らない男が一人、雷の閃光を背中に受けながら、無言のまま佇んでいやがった。
そしてその後しばらくして俺に訪れたのは…危機…!
果てしないピンチ…!
いやそれどころか、ほぼ。
圧倒的敗退の予感っ…!
「ククク…」
「くそっ…!」
何でこんな事になってんだ…!?
俺が何をしたっ…!
そんな思いで正面に座る男を睨み付けた俺は、ヤケクソとも取れる勢いで手にしていた牌を机に叩き付けた。
事の発端は…コイツのせい。
あぁそうだよ。
突如現れた、余所者のこの男のせいっ…!
今から考えると、何時間前になるのか。
酒場に入ってきた男が雨除けに使ったらしいフード付きのマントをその場で脱ぎ捨てた様を見た時、俺はその異質とも取れる風貌に息を飲んだ。
俺よりも若いはずなのに真っ白な髪と、それに合わせたような白い肌。
じっとりと水気を帯びた前髪の下から覗くのは、鋭く深い、漆黒の瞳。
…コイツが客じゃなかったら、まず確実に俺は声なんか掛けねえ。
いや、近付こうとも思わねえな。
…だけど、酔っ払い共にはンな事関係ないようで。
その絶好のカモを見逃すはずもなく、酒も入って気がデカくなってた奴らがソイツを強制的に席に座らせ、麻雀で一勝負持ちかけやがった。
当然、金を賭けて。
普通なら誰だって断るだろ!?
…いやまあ悪いツラしてる奴らばっかりだから、断りにくいってのもあるかもしれねえけど…。
だってのに、白髪のソイツは…。
「麻雀?…ククク…いいよ」
薄く笑って…勝負を受けやがった…!
明らかに通しやらのイカサマをされて金を巻き上げられるのが見え見えだったから、慌てた俺はタオル片手に白髪の男に近付いて、コッソリ耳打ちをしてやる。
「悪い事言わねえから止めとけっ…!有り金全部やられるぞ!」
「………。アンタ、ここの店員?」
「あ…あぁ」
「ふーん。忠告は感謝する。が…まあ見てな。全員凍り付かせてやる…」
「………!」
そう言って唇を歪めるコイツの表情が、まるで悪魔みたいだと。
その時俺は、マジに思ってしまった…。
で、まあ。
マジに悪魔だったけどな、コイツ。
容赦ない連続の満貫、跳満。
勝った金でさらに勝負の倍プッシュ。
こうなりゃ相手だって引っ込みが付かなくなって、白髪に挑発されるままに再開。
…で、やっぱり負けると。
その後も倍プッシュの嵐で、酒場内にいた人間が入れ替わり立ち替わり白髪に挑むけど…結果は全て同じ。
気付いた時には白髪の前には紙幣や金貨が積み上がり、殺気立つ奴らに囲まれている状況だった。
店員としてこの状況は止めなきゃいけねーんだろうが、別に俺、腕っぷしが強いわけでも話術が巧みなわけでもねえ。
だから止めるったって…どうしていいのか…。
皆、殺気立ってるっても、まさか本気で白髪を殺しはしないだろうが…傷害沙汰も、ちょっとな。
それに今は酒が入って熱くなってるだけであって、普段は悪い奴らじゃねえんだ!
そんな理由で頭を悩ませて、一人狼狽えてたら…。
「ククッ…。そこの店員さん」
「へ…?お、俺?」
「そう。まだアンタとは勝負していない」
「え…」
「この中で今、唯一冷静なのはアンタだけ。他は全員頭に血が上っている。…どう?この金全てを賭けて…俺と一勝負といこうか」
「ぇ…ええぇっ!?」
ンな大勝負受けられるかっ!
…そう怒鳴ったら、次々と常連客に泣き付かれちまって。
お願いだカイジ、とか。
頼んだよ、カイジ君、とか…言われてもっ…!
……。
結果。
そのまま押し切られた俺はまだ仕事中だってのに白髪と対戦するべく、席に座らされちまった。
んで、白髪が提示してきた内容ってのが…!
「俺とアンタで、どちらかがハコ割れするまでのサシ勝負。アンタが勝てばこの金、さらに上乗せして返すよ。ただし俺が勝てば全額貰う。もしくは金の代わりのモノをアンタから貰おうか」
…そして、納得のいかないまま始まった対局。
それがどんな状態かは、冒頭付近で言った通りっ…!
圧倒的危機…ピンチ…!
「うぅっ…!」
配牌もメチャクチャ。
引きも悪く、全く手が入る気がしねぇ…。
すでに点棒も残り…僅かっ…!
だが、ここで負けるわけにはいかないっ…!
負けてしまえば、俺の…!
俺の生活全てが、終わるっ…!
だってそうだろ!?
あの金額に代わるモノなんざ…俺が持ってるはずねえっ!
「……っ…!」
乱暴に牌をツモ切りして、俺は次巡に望みを賭ける。
ここから一気に…追い上げてやるっ…!
…が、しかし…ダメッ…!
「ククク…きたぜ、ぬるりと。…ツモ」
「ぐっ…!」
恐ろしいまでの強運。
連戦連勝。
一度として誰にもフリ込まず、逆に狡猾な罠を仕掛けてフリ込ませたかと思えば…。
今みたいに鬼の如くツモ牌を引き寄せる、その男。
何もかも見透かすような鋭い眼光が、楽しそうに細められて俺を捉えた。
「ククク…」
現在、東三局。
コイツの親で、四本場。
さらに言うなら……開始五巡目のツモ和了…。
そのケタ外れな強さに、水を打ったかのように静まり返る酒場内。
そんな中、タンッ…と音を立てて倒された牌を筆頭に、次々開かれてゆく俺の対面の手牌、13枚。
ちゅっ…!
九蓮宝灯っ…!?
「オーラスまで保たなかったね」
「うぅっ…!」
オーラスどころか…南場すら行ってねぇ…!
しかも九蓮宝灯…!
これっ…通常でも1万6千オール…。
で…今はコイツの親っ…!
さらに四本場…!
もっと言うなら。
「ドラ表示牌が…九萬…。つまり一萬がドラで…」
「あぁ…、ドラ3も付くね。だがそんなもの関係ねえな。アンタ…ハコ割れしただろ?」
「ぐっ…!」
言われなくてもわかってるっての!
九蓮宝灯って時点でもう、振っても逆さにしても払える分の点棒は出てこねぇよ!
つかドラ表示牌以外の九萬、全部ガメやがって…!
「ククク…約束、覚えてるよね。…忘れたなんて勿論言わせない」
「くそっ…!」
「…とは言っても…」
チラ、と白髪が積まれた金に瞳を向けるが、それはまるで興味の無いものを見るような色で…。
おいおい…ウソだろ?
確かにそこまでの大金じゃねえかもしれないけど、そんな道端の石ころを見るような目が出来る程度の金額でもないだろうが!
だってのに…コイツ…!
「……やっぱり金はいらない」
「なっ…!?」
「あっても邪魔なだけ。今は特に必要としていない」
その言葉に、空気がざわ…と揺らいだ。
負けた金が戻ってくると安堵する奴。
そして、金の代わりに何を請求してくるのか…それを気にする奴。
酒場内が、一気にそんな空気で満たされた。
…当然、俺は後者の方だけどな。
「かっ…金なんか俺は持ってねえぞ!?」
「…金はいらないって言ったでしょ」
「ならっ…何を…」
「ククク…。そうだね、何にしようか」
「……っ!」
コイツ…既に何にするつもりか決めてるっ…!?
俺の背筋を駆けた、悪寒のようなもの。
そして噛み合った視線を逸らさないまま白髪は席を立つと、ぐるっと俺らを取り囲んでる周りの奴を押し退けて…。
「なら、アンタを貰おうか」
「………はぁ?」
「二階は宿屋だよね?」
「………はぁ」
「ククク…好都合」
「どわぁっ!?」
真横に立った白髪が笑いながら腕を俺に差し出した途端、フワリとした風みたいなのが全身を包んできて。
そしたらまるで重さなんて無いかのように軽々とっ…!
白髪の腕に、俺の体は抱き上げられちまった…!
「じゃあ行こうか」
「待て待て待て待てっ!」
「暴れなくていい。重くもないし、絶対に落としたりしない。だから安心してて」
「そーゆー問題じゃなくてだなっ…!」
「そーっスよ!カイジさんを離して下さい!」
すると、アレだ。
二階へ通じる階段に向かって歩き出した白髪とそれに抱えられた俺の前に立ち塞がる、一つの影。
「…なに、アンタ」
「さ…佐原ぁ…!」
「今助けますからね、カイジさん!」
グッと拳を握り、ファイティングポーズを取る、金髪の男。
コイツが、佐原。
俺と同じくここでバイトしてて、何かと俺に文字通り絡んで来る妙な奴。
…だが今ほどコイツの存在がありがたいと思った事はねぇっ…!
「カイジさんを離して下さい!」
「…邪魔」
「!」
な…何だ…?
全身の産毛…っつーか、毛という毛が急に逆立つような感覚。
チリチリピリピリして、何かが張り詰めてゆく空気。
それが間違い無く白髪から発せられてる…!
「散れ」
「甘いっスよ!……っ!?」
「さっ…佐原ぁぁぁぁっ!?」
低く呟き、白髪が繰り出したハイキック。
だがそれは俺ってお荷物を抱えての事だから、見るからにさほどの威力も速さも無くて。
余裕の笑みの佐原がその攻撃を、難なく受け止…。
…めたと思ったら一瞬の痙攣の後に佐原の奴…白目剥いてそのまま気絶しやがった…。
ええぇっ!?
何っ…何が起きたんだ!?
だって佐原の適性職業は戦士とか武道家っつー、肉体派で…!
だからあんな蹴り一つで、倒れるはずがねえだろ!?
なのにっ…何で!?
「さて、行こうか。えーと…カイジさん?だったよね」
「は…ははっ…」
薄く笑った白髪に、額にキスされて。
佐原を踏み越えながら歩き出すその腕に捕らえられた俺を、それ以上誰も助けようとはしねえ。
遠巻きに見つめられ…憐れみの視線をヒシヒシと感じるだけ。
「ぃっ…嫌だあぁぁぁぁぁぁっ!!」
あぁ…このまま俺っ……!
マジで、どうなっちまうんだ…?
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