【違う空の下、君を想う。】


何の変哲もなく、無意味に過ぎて行く日々。
バイト行って、パチソコして、悪友とギャンブル紛いのカードゲームで暇を潰して。
そんなぬるま湯みたいな日常に、別に変化を期待していたわけじゃない。
むしろ、望んだところで何も変化は起きやしないしな。

唯一、変化があるとすれば…。
俺の見る、夢…くらいだよなぁ。


いつから見るようになったのか、もう覚えてない。
それに夢なんてものは、目覚めたらそのほとんどを忘れてるしな。

ただ、朧気なイメージってのは頭のどこかに残るみたいだ。


…夢の中に必ず出てくる、ガキ。
白い髪、白い肌、感情を映さない瞳。
クールって言うよりは、ただひたすら無表情で無感動っつーか…。

とにかく冷めた印象を受ける、見知らぬ奴。
まるで俺とは正反対の、性格に外見。

そいつが毎晩毎晩、何故か夢に現れるんだよ。

無関心な瞳に何を映すわけでもなく。
生と死が常に隣り合わせのような。
むしろ、自分から進んで死へ近付こうとしてるような…、そんな空気を纏ってだ。

全く心当たりのないこのガキの夢を見るたびに、最初の頃は憂鬱な気分になってた。
よく覚えてないけど…確かケンカとかチキンラン?とか、メチャクチャな事ばっかやりやがって。
幽霊みたいにソイツの隣に立って見てる夢の中の俺は、常にハラハラしっぱなしだったからな。
…起きた時の疲労感ときたら、もう本気でうんざりするくらいだ。
「好き」か「嫌い」かの極端な部類で分けるとしたら、間違いなく「嫌い」だと断言するぜ。

…前は…だけど。

そ…その、な。
いつからか、気付いたんだよ。

冷めたように見えるソイツの中にも、それなりの…いや、人並み以上の感情があるって事に。
たまに見せる何ともいえない表情が、酷く寂しく思えたりするし。
確かに変わったヤツだけど…コイツが異端なんじゃなくって、周りの人間が壁を作ってコイツを「特別」だって孤立させちまってるんだなって事とか…。
それに気付いたら、後はもう…情が移るだけだった。

弱くて情けなくてすぐに泣く俺が、偉そうに何を言えるわけでもないけど。

…生きろ。
生きるために足掻け。
いつ死んでもいい、だとか。
無意味な死を望む、だとか。
そんなガキらしくない悲しい事…言うな。

だが、唇を噛んでそう強く祈る俺の存在は、夢の中ではまるで空気のようなモノでしかなく。
目の前のこのガキの瞳に俺が写る事も、ましてや俺へ顔を向ける事も…決して、ない。



そして…。
変化が訪れたのは、その日の夢の中。
バイトでグッタリして帰った俺が、そのまま倒れ込むように寝た、晩。


真っ暗な空間に薄ぼんやりと広がる光から、まるで映画みたいに風景が溢れ出す。
そしてその中に引き込まれる、俺の意識。

時刻は…夕方か?
どっかの見知らぬ港。
そこに建つ、薄暗い倉庫の裏で。
いつものあの白髪のガキは、角材を持った別のガキ3人と対峙し、殴られてた。

何度となく殴られ、頭からは血が流れる。
体もきっと、痣が出来てるに違いない。

『やめっ…やめろよお前ら!』

慌てて間に割って入るのに、やっぱり俺の存在はそこにはなくて。
すり抜けた体に、くやしくて涙がボロボロと流れた。

俺はどうしてこんな夢を見る?
俺の夢なら、何でコイツを助けてやれない?

だが、思い通りにいかない夢は、どうしたって俺に従ってくれないらしく。
溢れる涙を拭ってると、今度は乾いた音と共に白髪のガキの反撃が始まったんだ。

獲物は角材よりも遥かに凶悪な…拳銃で。

次々に足を撃ち抜かれる3人。
上がる悲鳴。飛び散る血。

誰だって傷付けられるのは嫌いだ。
だからといって、人を傷付けるのも御免だろ。
血も悲鳴も涙も恐怖も……俺は大嫌いだ。

なのにアイツは淡々とした瞳のまま、相手の一人の口に銃身を突っ込んで脅しにかかっている。
弾は残っているのか、いないのか。
それすらわからない俺らを嘲笑うように、トリガーを何度も何度も引いて…。

『もっ…いいだろ!?なぁ、もういいだろうが!』

涙を拭う事なくガキの傍に駆け寄って、触れられないと分かっていながら必死に俺は腕や拳銃を押さえようとした。
聞こえないと理解しながらも、ずっと耳元で繰り返し叫んでみた。

『頼む…!頼むからっ…やめっ…!』

その時だ。

『…………』

『ぇ………』

チラリ…と。
今までこっちを見る事すらなかったガキの瞳が、一瞬だけ俺の視線と交錯したような気がした。
そしておもむろに引き抜かれる、銃身。
逃げて行く、3人のガキ共。
その様を一瞥してから、白髪のガキは拳銃を弄りつつ笑っていた。

『クク…。最初から弾は4発しか入れてこなかったんだよ』

誰に向かって説明してるんだ?
そんなツッコミを入れたくなる言葉だと、冷静だったならそう俺は思ったはず。
ここにはお前以外には…見えない俺しかいないんだぜ?

だが、俺にはそんな事を思う余裕はなかった。
アイツの瞳に、俺が写ったかもしれない。
その事で、パニックになってたから。


『………いくか………』

『!』

しばらくして、何事か呟いていたガキのその最後の言葉に、俺は我に返る。

今からまた、どこかへ行くってのか?
そんな怪我をして?
また一層、凍えたような瞳をして?
それとも『行く』じゃなくて…『逝く』つもりなのか…?

『バカ…やろっ…!このバカ…!』

手当てすらしてやれない自分に腹が立って。
それが八つ当たり気味に、ガキへの怒りに上乗せされて。
…殴ってやろうと思った。
死にたがりの狂人だとでも言いたいのかよ、お前は!?
そんな…そんな風に命を粗末にすんなよっ…!

ゆっくりと歩き出したガキを追って駆け出した俺の頭は怒りのせいで、触れられない事などすっかり忘れてた。
だから体を引き止めるため、白いシャツに包まれた奴の肩に手を伸ばし……。

『………!』

掴んだ、その肩。
布の手触り。
伝わる、体温。

何故。
どうして。
触れてから駆け巡る疑問。だがそんなものは、一瞬で消え去り。

『バカやろっ…!もっと自分…っ…大事に…しろっ…!』

『…………』

悲しくて辛くて痛くて。
そして何より、俺よりも低いが確かに感じた体温が、紛れもなくコイツは人間だと言ってるようで嬉しくて。

気付けば、殴るつもりで結んだ拳は自然と力無く開き。
俺は情けなくもガキの首にすがりつくように、腕を回して抱き付いていた。

『…………』

『っく……っ…カやろ…!心配させんな…!』

鼓動が、する。
生きてる人間の証拠を、感じる。
嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!

…きっと、涙や鼻水が付いたんだな。
ガキのシャツの肩辺りが濡れてベタベタになってるが、そんなもの今の俺には関係ない。
色々と、様々に絡み合う感情のまま、ぎゅうぎゅうと力を込めてガキに抱き付いていれば。

『……なぁ、アンタ』

サラリ…と、指先で髪を梳かれた感触。
そして、小さいながらも掛けられる、言葉。

『そんなに泣くなよ』

『!?』

ここにきて、俺はようやく気付く。
触れた、触れられた。
声を掛けられた。
今までの夢の中では、まず有り得なかった展開。

人間、不測の事態に直面すると、真っ先に混乱に支配されるって言うが、それはマジだよな。
次に湧き上がったのは、恐怖。

急激な感情の変化に腕が震え、俺からの拘束が弛んだ瞬間を見計らい、離れてくガキの体。
別の意味で滲み出した涙で歪む視界の隅に、揺れる白髪。
俯いたまま顔を上げる事が出来ない俺の頭頂部辺りに感じるのは、チリチリと刺さるような視線。

まさか本気で…見えてんのかよ…!?

『ククク…』

響く苦笑と共に俺の顎に絡められた体温の低い指先が、涙で濡れた肌を滑った。
その指先に込められた僅かな力に、どうしても俺は逆らう事が出来なくて。

『泣き虫なんだな、アンタ。知らなかったよ』

『…っ!!』

ゆっくりと持ち上げられた、涙でグチャグチャの情けない俺の顔。
それを真っ正面から見つめられて、羞恥に顔が熱くなるのがわかる。
逸らしたくても逸らせない。
そんな寸分の狂いもなく合わされた視線に、また涙が溢れてくるのはどうしてなのか。

『ねぇ、教えてよ。一体…』

『…ひっ…!』

その時、見てしまった。

血に塗られた目の前の顔。
その中で僅かに細められた、闇を押し込めたような色の瞳に写っている、俺の顔を。それはまさに、圧倒的恐怖でしかない。

これは夢か?
それとも現実なのか?
いやいや夢だろうがっ!
でなけりゃこんな出来事…っ!
でも……感触とか…リアル過ぎるし…!

『アンタは…何者?』

『うっ………わあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

パニクる俺を余所に触れる寸前まで近付いてきた綺麗な顔を、俺は驚きのあまり叫びながら力一杯押し退けた。





…つもりが。

「……あれ?」

代わりに滲む視界を飛んで行ったのは、愛用の枕。
というか、間違いなくここは自分の部屋だ。
夕方ではなく、朝。
港ではなく、室内。
ベッドから転げ落ちた俺以外には、誰の気配もない。

「は…はは…。夢…だよな…」

動悸の治まらない俺はそう呟くと、顔を洗って気分を変えるためフラつく頭を抱えて洗面所に向かい…。
有り得ない現実に、今度こそ言葉を失った。


鏡に写る見慣れた自分の顔。
乱れた長めの髪。
夢を見ながら泣いたのか、ちょっとばかり腫れた瞼。
だが、驚いたのはそんなものじゃない。

寝汗と涙の跡が残る情けない顔の…顎の、辺り。

「な…んだよ……コレ…!?」

夢の中で、あのガキが触れてきたその箇所には。今さっき付着したとしか思えない新鮮さの血が、指先の形を保ったまま確かにそこに存在してたんだ…。

2話目。

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