シルヴァネル・ソル
□A prelude
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「……誰?」
そう小さく、少年は呟いた。
少年は紫苑色の髪を長く伸ばしている。
繊細な顔立ち。だが、その顔の左の眼の下あたりから酷い火傷の傷跡が残る。
瞳の虹彩は虎目石のような鈍い金色。肌は日の光をあまり浴びなかった影響か、薄汚れているものの白い。
少年が居るこの城は、風が通るように設計されているため柱が多い。そして、外へと繋がる場所も。
そしてその外から進入した霧のせいで気温は低く、肌寒い。そして、視界が悪かった。
少年の痩せこけた腕に抱えるのは箱舟の模型。
その模型を抱きしめ、少年は柱の奥を睨みつけた。
何が出てくるのか、自分に害を成すものかもしれないという恐ろしさを我慢して。
「何もしないよ?」
警戒し、まるで毛を逆立てた猫のような少年に向って、柱に隠れていた影はそう言って柱の奥から姿を表した。
影は黒髪、深紅の瞳の、錫杖をもつ少女だった。
年の頃は十七、八程だろう。何処となくキツい印象の顔立ち。
肌は綺麗に整っている。が、まったく日焼けをしていないと言うわけでも無かった。
まるで大輪の華の様だ。薔薇のような艶やかさはないが、光の下で咲き誇る花。
その少女は、ゆっくりと少年に近づく。しかし、少年は彼女の歩みに合わせて後ろに下がった。
「ホントに、何もしないんだけどなぁ」
困ったような笑みを浮かべ、その歩みを止める少女。
少年からの距離はほんの五メートル程に縮まっている。少女は困ったような笑みを浮かべたままだ。
その少女の表情に小さな罪悪感を覚え、少年は口を開いた。
「……ここに、人が来る事は…ないから……」
そうなのだ。この廃墟に人が近寄る事は無い。
女神への信仰を捨て、邪教に走った一族のいた城。
流行り病により、血を吐き身悶えながら死んでいった。
生き残ったのは、皮肉にも生贄に捧げられるはずの少年。
「あぁ、それじゃ驚かせちゃったんだね。ごめんね」
「……別に、いいけど…」
なんだか、警戒心が働かない。少年は、少女(自分より年上みたいだが)を見て思った。町におりて、盗みを働く時や身体を売る時には嫌と言うほど働くのに。
「ねぇ、君の名前は?」
「聞く方から名乗るものだろ?」
困ったような笑みから一転、少女はにこやかに聞いてきた。それに間を置かずに返答を返している自分をとても不思議に思いながら、少女がこちらに歩いてくるのを見ていた。もう、恐怖心は無い。
「うーん、その通りだね。それが礼儀だよね」
「いいから答えてよ。そしたら俺も名乗るからさ…」
「うん。あたしの名前は、マリス・レイラ・ヴァ・レイラっていうんだ」
「……長くて不思議な名前…。俺は、レイヴンって呼ばれてる」
「……どーせ変な名前よ……」
そういって何故かすねはじめる少女。それに慌てて少年―レイヴンは弁解にかかる。
「変って言うんじゃなくて、ただ…その…響きが聞いた事無かったから……」
わたわたとせわし無く手を振り、頬を紅くして早口に話す。
その様子を見て、少女―マリスはけたけたと笑う。それに、レイヴンはからかわれたと分かり、ただでさえ紅かった頬を、まるで茹でたこのようにする。
「からかうなよっ!!」
「あははっ。つい、ね」
「……それより、何の用でここに来たんだ?」
「そう言えば」
ぽんっと手を叩き、今思い出したと言わんばかりの表情をする。
そして、なんとも形容しがたい微笑を浮かべ、問いかけてきた。
「君の願いは何?何か一つと引き換えに叶えてあげる」