Zill O’ll infinite

□月下夜話
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 夜。

 レムオンはいつも何処かへ消えようとしていた。
 それをあたしが引きとめて、今ここにいる。
 ベッドの縁に腰掛けて、ピクリとも動かない。
 そんな彼にあたしは猫のようにじゃれ付いている。指に銀糸を絡めて梳きながら、瞼に、唇に、頬に、噛み付き口付ける。
 そんなあたしの動作に、レムオンは小さく息を吐く。


 「……やめろ」
 「ヤダ」


 ギロリ、と鋭く睨んできても、その真紅の瞳の中に宿るのはちらつく不安、孤独の影。
 冷たいように見えて彼は、結構。


 「寂しがり屋で構われたがりのくせして何虚勢はってんの」
 「そんな事は…」
 「ないなんて言わせない」
 「………」


 眼を伏せるレムオン。それほどまでに自分の事が分からないか。
 それも仕方が無いことかもしれない。周りにも自分にも仮面をかぶって全てを隠して生きるしかなかったこれまでのことを思えば。
 今の彼は全ての虚飾を剥がされて、たった一人見たことのない世界に放りこまれた子兎。
 寂しくて寂しくて、誰かと一緒にいないと死んでしまうくせに、拒絶されるのを恐れて、傷つくのを恐れていっちょ前に警戒している。


 「お子様なレムオンに子守唄でも歌ってあげようか?」
 「いらん!!」


 うなだれていたレムオンがこの一言で反射的に怒鳴り返す。それでも夜と言う事もあって声量は少なめだ。
 こうやって相手に噛みつけてこそレムオンだ。


 「この調子なら問題ないね。ほらほらちゃっちゃか寝るよ。明日はデス退治の依頼が待ってるんだから」


 そういって、あたしはベッドの端にいるレムオンを壁側、つまりはベッドの奥に追いやって、その横に滑りこむ。
 成すがままのレムオンだったけれど、流石に動揺し始める。


 「ちょっと待て。なぜ俺のところへ潜りこむ」
 「一緒に寝るからにきまってんでしょ」


 迷いなく言いきってやると、渋い顔をして彼はこちらを見る。
 そしてしばらく睨みあうようにしていると、諦めたように溜息。


 「お前に女の恥じらいと言うものは」
 「欲求の前には無力」


 空気が哀しく寂しい気配を纏う夜に、近くに温もりがあると分かっていて一人眠るのはゴメンだ。
 子供だと言われても構いやしない。寂しいのだけは耐えられないから。


 「……襲うぞ」
 「どうぞ?いい加減手を出してくれても良いんじゃないかと思ってたとこだし」


 自分は彼と供にあることをすでに選んでいる。彼以外とキスも、それ以上の事さえもする気はない。
 分かっているのだろうか。世界を敵に回しても傍にいると誓ったあの言葉の意味を。


 「あったかーい」


 冷たいように思えた彼の体温は、予想以上に高くて。まるで子供を抱きしめているかのよう。
 さらに引っ付くために彼の胸元にもそもそと潜りこむ。
 彼はまるで宥めるようにその細いように見えて実は鍛え上げられた腕を、あたしの背に回す。


 「こういう夜ってさ」


 トクントクンと規則正しく鼓動を刻むレムオンの心臓の音を聞きながら、あたしは呟くように言う。


 「人の傍にいたくなる。遮るものがないくらい、くっついて。朝までそのまま。昔はチャカとよくこうしてた」
 「俺は身代わりか…?」
 「んなわけないでしょ。子供だった頃にしかしてないって。今、こうしたいと思うのは、レムオンだけ」
 「……そうか」
 「そうよ。しかも自分からこうするのもレムオンだけ〜」


 そう言って、あたしは彼の首筋に口付けを送る。
 ついでに痕までつけてやった。こちらをなかなか信じきってくれない彼に、し返しだ。


 「おいっ」
 「えへへ。じゃ、オヤスミ。レムオン」


 そして今度こそ眠るために彼にさらにしがみついて眼を閉じる。
 優しい彼は、小さな溜息とともに身を寄せてくる。髪に彼の吐息を感じながら。


 (良い夢を。)


 そう願って、眠った。





『貴方の声、耳に木霊する。
 強く抱きしめられて、誓ったあの約束。

 戸惑いも迷いも捨てたら、走り出せる気がする。
 もう戻れない、この道。
 振り向く事ない。

 傷ついた翼はいつか癒えるはずだから』

song by Rekka Katagiri
song name is 『Asgardh』
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