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□紙一重のこの世界
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フェアの日課は、仕事の合間に裏手で剣の速打ちの特訓。
たかが速打ちだが、立ち変わり入れ替わる的に外す事なく当てる正確さ、かつ必要な的だけに当てる動体視力、素早く腕を振る為の腕力、身をこなす為のステップに必要な足腰の丈夫さ、など馬鹿には出来ない要素が詰まっている。
「やった…三セット連続パーフェクト!」
最近、的を出す手伝いの召喚獣も手慣れてきたのか、中々パーフェクトが出ない。それが連続、どうやら今日は調子がいいらしい。
思わず小さくガッツポーズを決めると、不意に

ぱちぱちぱち

と拍手が聞こえてきた。
慌ててガッツを引っ込め、辺りを見回す。
すると、側の大きな木の陰に、いつの間にかシンゲンが笑顔で立っていた。
「いやぁ、ご主人お見事。見事な立ち回りでしたよ」
「見てたの?」
「はい」
「いつくらいから?」
「三セットと仰ってましたから、二セット目の途中からですかね」
「……最後まで?」
「バッチリと」
小さくガッツポーズをするシンゲンにさっきの自分の姿が重なり、フェアは思わずしゃがみ込み、膝を抱えて小さくなってしまった。
「アレも見られてたのね、恥ずかし……」
「まぁまぁ、誰だって事が上手く行けば体にでちまうもんですよ。取り敢えず、飲みますか?」
ちらりと横を見ると、同じようにしゃがんだシンゲンがボトルを差し出している。
「……ありがと」
恥ずかしかったのは事実だが、好意を無下にする理由にはならない。フェアは素直に受け取り、そのまま腰を下ろしてボトルを口にした。
シンゲンもまた同じように腰を下ろし、フェアの様子をじっと見ている。
なんだかむず痒さを感じたフェアは、何か話そうと口を開いた。
「来てたなら、適当に声を掛けてくれればよかったのに。相変わらず気配隠すのが得意ね」
「いえいえ、せっかく集中してるところを邪魔しちゃ悪いってもんです。それに、気配は職業柄仕方ないってヤツですかね」
あはは、と後ろ頭を掻き、謝るように首を傾けてシンゲンは話す。
「それにしても、最近特に精が出ますねぇ」
シンゲンが言うように、最近は隙あらば何かしらの特訓をしている。
「戦いに仕事に仲間付き合い、おまけに子育てで大変でしょうに」
「うん、大変は大変」
一応、自分の忙しさを分かっているらしい。
フェアは頷いたが、
「でも……」
と、何か言いたそうに続ける。
シンゲンがなるべく穏やかに
「でも?」
と尋ね返すと、フェアはぽつぽつ話し始めた。
「最近、特に敵が増えて大変じゃない」
「えぇ、オジサンやお爺ちゃんと漫才姉妹だけでも大変なのに、またごちゃごちゃ増えてきましたね」
「そりゃ、こっちだって心強い味方は沢山いるわよ」
「ですねぇ」
グラッドは軍所属なだけあって腕は達者、ミントもああ見えて召喚の腕は確か、親友兄弟も目覚ましい能力の伸びを見せ、もとより戦闘に長けた御使いも参戦、他にも協力者がいる。
「勿論、シンゲンも頼れる仲間よ」
「そいつは嬉しいお言葉」
「でね、わたしはどうなんだろうって」
「どう、とは?」
「何か役に立つのかなって言うか……わたしに胸張れる何かがあるのかなって」
「………」
ここまで言ってから、フェアは隣を見てみる。
急に黙り込んだシンゲンだが、瞳は真っ直ぐフェアを見つめている。安心して、フェアは続けた。
「ミントさんやリシェルみたいに凄い召喚使える訳じゃないし、お兄ちゃんやアルバさんみたいに剣が上手い訳じゃないし、貴方やセイロンみたいに身軽って訳でもないし……」
「………」
「でもね、あの子はわたしを頼ってくれてるから、わたしもきちんと守ってあげたいの。みんなも、一緒に考えたり戦ってくれてるから、わたしもちゃんと応えたいの」
「ご主人の美味しいご飯があるじゃないですか」
おどけた口調の言葉だったが、空を見ていたフェアには、シンゲンが全く笑っていない事に気付いていない。気付かぬまま、フェアは笑った。
「そうだねー……確かに、みんなが美味しいって笑ってくれるのは凄く嬉しい」
「分かってるじゃないですか」
「……でもね、やっぱり、わたしが関わる事なら、しっかり役に立ちたいの」
「その為に、がむしゃらに特訓!ですか?」
「うん、とにかく強くならなくちゃ!ってね」
「とにかく強く……ですか」
がむしゃら、という表現を否定されなかったシンゲンは、それから黙ってしまった。
「……シンゲン?」
不意に不意にで黙る相手に、フェアは俄かに不安を覚える。
(わ、わたし、変な事言った?)
「………」
(それとも、何か気に障ること言った?って何が気に障ったの?分かんないし!)
「……ご主人」
「は、はいぃ?!」
不安の中、いきなり呼ばれて声が裏返る。
慌ててシンゲンを見ると、優しく笑っていた。
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