灼熱に咲く華

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まとわりつく異様な熱気と、悲しみにあふれたすすり泣きの声が、部屋の中を満たしていた。
その中で、血の臭いがカレンを覆う。
指一本でさえ、動かすのがおっくうなほど、心も身体も疲弊していた。

カレンの意識が遠退く寸前に、聞こえてきたのは、王の一声だった。


「連れていけ」

いつの間にか目の前に立っていたのは、王の右腕とも言われる金の騎士。
金色の髪と青く輝く空と同じ色の瞳の青年は、さっと王の前で一礼すると、カレンの腕を引き上げる。
もはや、カレンには立ち上がる気力さえも残っておらず、騎士に引きずられるままに扉をくぐる。
閉まる扉の奥で見えたのは、シーツに包まれた姿で王に抱き締められながら、泣きじゃくる星の祈りの姿だった。














着いた先は、思った通り、地下にある牢の一つだった。
どんな理由があろうとも、カレンは王に剣を向けた。
それは、隠しようのない事実だ。たとえ、闇に葬る事が出来たとしても、カレンはそれに甘んじるつもりはなかった。

己は、星の祈りの騎士。

それは、誰にも汚されることのない、カレンの誇りだから。

床に座り込み、カレンは息を吐く。
ズキンズキンと傷が熱を持ち、傷口を確かめようと身体を動かせば、鋭い痛みがカレンを襲う。
漏れそうになる呻き声を唇を噛みしめ、耐える。
ふと、足に痛みとは違う、冷たい感触に閉じていた目を開けた。
目の前にいたのは、王の右腕。
座り込むカレンの足に触れ、血を拭っていたのだ。


「あんた、何、やってるのよ」


声を出せば、それだけで、傷口が疼く。カレンは顔をしかめた。


「何って、見ればわかるだろう?治療だよ」

カレンは眉をしかめ、目の前の男を睨む。

「そんなこと、見ればわかるわよ。
王の右腕でもある者が、王に剣を向けた罪人の治療にあたるなんて、笑い話にもならないわ」


カレンが言い放てば、苦い笑いが返ってきた。

「罪人、か。だが、私から言わせてもらえば、君は間違ったことはしていない。
そうだろう?星の祈りを守る赤き騎士、カレン・シュタットフェルト」


カレンはぐっと歯を食い縛り、有りったけの力を込め、目の前の男を睨み付ける。


「は!あんたに何が分かるって言うのよ!?
護ると誓った、大切な人を助けることもできない。
そんな私に、同情でもするつもり?それとも、笑いに来たの!?王の騎士、ジノ・ヴァインベルグ!!」


肩で息をしながらも、カレンはジノから視線を外さない。
王に刺された足の傷口に薬を塗りこんでいた金の騎士は、顔を上げると、真っ直ぐカレンを見つめる。


「笑いに来たわけではないさ。私は、君が、羨ましい」


「え……?」


「私はまだ、命を賭けてまで護りたいと思える、そんな存在に出会えたことがないから。だから、君が羨ましい」


目を細め笑う彼は、寂しげだった。
カレンの中で渦巻いていた怒りが、ふとおさまる。


「王は、スザクは、変わってしまった。私とスザクは、幼いころから共に育った乳兄弟だが、いつからか、スザクはすべての感情を押し殺すようになった」


「いつも、温厚そうに笑ってるのに?」


ジノは、苦く笑いながら、ゆっくりと息を吐く。


「あれは、笑ってなんかいない。彼にとって、どうでもいいことだから」


「でも、あいつは、ルルーシュを…」


あのてきの光景が、蘇りカレンは拳を握る。その手が、怒りのために震える。


「王宮にいる者たちは、皆知っている。彼らの関係を」


「じゃあ!!皆知ってて、知っていながら、ルルーシュを王宮に呼び寄せていたっていうの!?」


皆が知る中、ルルーシュはどれほど、心細かっただろう。辛かっただろう。悲しかっただろう。
カレンは込み上げてくる涙をこらえることが出来なくで、口を覆い嗚咽を噛み殺す。


「酷い…」


「カレン、私たちだって、このままでいいとは、思っていない。
でも、星の祈りであるルルーシュ様だけなんだ。スザクに感情を与えることができるのは。
ルルーシュ様もそれを、ご存知だ。だから、王宮からの、いや王の要請を一度も断ることはなかった」


泣くカレンの視界にいるジノは、背中を丸め遠くを見つめている。それが、泣いているようだった。






***





日が昇り、地平の彼方まで伸びる砂の大地を明るく照らす。
衛兵に四方を囲まれながら、カレンは処刑台へと続く階段を上る。
首には、己の罪の証でもあるかのように太いロープが巻かれ、両腕を後ろで縛られている。
王に刃を向けた瞬間から、覚悟は出来ていた。
周りを埋める観衆からは痛ましいほどの視線を感じるが、カレンは真っ直ぐ前を見据えた。

これは、彼を、星の祈りを護る己が自ら決めたことだから。

後悔はしていない。


処刑台の前で待つのは、翡翠を持つ王。
カレンは台に膝を突きながらも、憎き相手を睨み付ける。
首につながれたロープが、高く組まれた柱にくくり付けられる。
この台が倒された瞬間、カレンの命は消える。
震える身体を叱咤し、王の側に控えるルルーシュを見つめる。
宝石よりも美しく輝く紫水晶を揺らし、唇を噛みしめている。
カレンにとって、誰より大切な愛しい弟。悲しい顔を、させたいわけじゃない。
笑っていてほしいと、カレンは思う。

白い旗が上がり、死刑執行の掛け声が上がる。

カレンの心残りは、彼を護ることが、出来なかったこと。

だから。

いつもと同じように、彼に微笑む。

彼が負い目を感じないように、これ以上悲しまないように。精一杯微笑みを浮かべる。


「っ!!カレン!!」


走りだし、駆け出そうとしたルルーシュを王の側近たちが止める。

死を覚悟し、目を閉じたカレンを待っていたのは、誰よりも憎き相手の声だった。


「止めろ」


沈黙が広がり、すぐに騒めきが辺りを覆う。
王ースザクは、気にすることもなく、罪人の前まで足を進める。


「カレン・シュタットフェルト、僕の声が聞こえるかい?」


カレンは閉じていた瞳をゆっくりと開けると、目の前の男を睨む。


「何か?王である貴方に剣を向けた愚か者など、さっさと殺したらどうだ?」


翡翠の瞳をついと細め、カレンを見やる。


「君を殺すのは、簡単だ。だが、君は間違ったことはしていない。そうだろ?星の祈りの騎士」


騒めきが大きくなる。あちこちから上がるのは、戸惑いの声。
カレンは顔をしかめた。


「どういう意味よ?」


「星の祈りを害する者、すべてを滅する護りの騎士。それが、君だ。相手がたとえ誰であっても、君は迷わず滅する」


カレンは歯を食い縛り、沸き上がる怒りを目の前の男にぶつける。


「そうよ!!それが、私の誇り。相手がたとえ、あんただったとしても、私はルルーシュを護る!!」


スザクから、くすりと笑みが漏れ、この場に不似合いな拍手をカレンに送る。


「気に入った。流石は、赤の騎士。処刑は取り止めだ。君には、もっと似合いなプレゼントをあげるよ」















顔を上げ、長年愛用した剣を腰から抜く。
ルルーシュの騎士となってから、ずっと共にあった。だから、ここに残していく。

神殿の一室、日々使っていた部屋を、カレンはゆっくりと見渡す。
もう、ここへ戻ることはないだろう。
纏めた荷物を持ち、部屋を後にした。

静まり返る神殿。
回廊から見える中庭も、すべてルルーシュとの思い出が溢れている。
胸に沸き上がる懐かしい思い出を、胸の奥深くに押し込める。



神殿の入り口まで来たカレンは、足を止めた。


「ジェレミア神官長」


「シュタットフェルト、すまなかった」


頭を下げる神官長をカレンは、慌てて止める。見送りを禁じられたのにも関わらず、彼は待っていてくれたのだ。


「貴方のせいじゃない。謝らなければならないのは、私の方です。皆さんにまで、ご迷惑をおかけして、本当にすみません」


「いや、こちらは大丈夫だ。負けるんじゃないぞ」


差し出された手を握りしめ、固く握手を交わす。
決して、別れのためではない。
カレンは、力強く頷いた。

「いってきます」


ジェレミアに一礼をし、階段をおりはじめた時だった。


「カレン!!」


振り返り、神殿の入り口を見上げれば、黒髪を乱し、肩で息をしているルルーシュがいた。


「ルルーシュ……?」


カレンの前まで下りてきたルルーシュは、唇を噛みしめ、カレンを睨む。


「俺に、何も言わずに、出ていくつもりだったのか?」

「ごめんなさい、ルルーシュ。貴方を護るって、約束したのに」


紫水晶の瞳に滲む涙を拭う手すら、カレンはもう、持ってはいない。
カレンはもはや、星の祈りの騎士ではないから。


「カレン」


はっと顔を上げれば、ルルーシュの顔が目の前にあって、額にぬくもりが下りてくる。
ルルーシュの顔が遠退く。カレンは目を見開いた。


「たとえ、どんな所にいようとも、俺の騎士はカレンだけだ」


額への口付けは、神聖な神に捧げる約束。
零れ落ちる涙をこらえ、カレンは胸に手をあて、彼に誓う。


「たとえ、この身が滅びようとも、私は、貴方を護る剣となる」








それは、誰も知らない、神に捧げた約束。




この後、翡翠の瞳を持つ王の側には、金の騎士と赤の騎士、二人の姿が常に揃うようになる。




END

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