灼熱に咲く華

□朝焼けの月
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星を司る大神殿は、この国の中心である王都にある。
大神殿の参道には、四十体にもおよぶスフィンクスが居並ぶ。
その参道の前に、輿が到着した。
輿をかかげる者たちは皆、顔をベールで覆い、座る女神を敬う。
付き従うものたちは、膝を折り星の祈りを守る神官長を迎える。彼女は星を司る大神殿と対となる月を司る神殿の頂点に立つもの。


「久しぶりだな、ジェレミア」


輿から降りた長い黄緑色の髪をした彼女は、月を司る神殿の巫女である。
月の守りの名を持つ彼女は、C.C.という。真の名を知るものは、星の祈り以外、誰もいない。
彼女は星の祈りを守護する女神。
そして、星の祈りを罰することのできる唯一の存在である。
星の祈りが力を失えば、この国は、災いが起き国が乱れはじめる。


間伐により作物が育たず、民は貧困に苦しみ、荒れ狂う大河の氾濫により、多くの者が命を失い、住む場所さえも奪われてる。
近隣諸国との争いは絶えず、血が流れ続けている。この国は、乱れている。

C.C.は目の前に腰を折ったジェレミアを睨み付ける。

「言い訳は聞かん。ルルーシュはどこだ?」


金色の目をついと細めた瞬間、ジェレミアは身体を震わせた。
彼女は、千年生きているとも言われ、魔女と恐れられている。この国の王でさえ、逆らうことは許されない。最大の裁決者である。

静かに震えだした空気に、月の守りの怒りを感じた。

「もう一度だけ聞く。ルルーシュはどこにいる?」


ジェレミアは震える身体を叱咤し、声を張り上げる。

「ルルーシュ様は、現在清めの最中でございます」


魔女の口元に笑みが浮かんだ。












神殿の北に位置する清めの泉を囲うのは、何十にも重なる柱と真っ白な壁。
太陽の光を取り込む為に備え付けられた天窓から、日差しが降り注ぐ。

ルルーシュは水の張られた階段上の窪みの前にまで来ると、さっと跪いた。
両手を組み、心を静める。そして、身につけている服を脱ぎ捨てる。
彼の白磁の肌が、くっきりと浮かび上がり、女性とはことなる美しさと、妖艶さが彼を包み込む。
しかし、それを見つめるものは誰もいない。

地下深くより湧き出る水は、つんと冷たく肌に軽い痺れをもたらす。
ルルーシュは、ふっと息を吐くと徐々に全身を沈めていく。
艶やかな黒髪が水に濡れ、肌に張りついた。そのときだった。人の気配を感じてルルーシュは、振り返った。

入口に立っていたのは、太陽を司るこの国の王。
ゆっくりと中に入って来たスザクを、ルルーシュはキツく睨む。


「ここは、天上の神の領域です。たとえ貴方が太陽神の寵愛を受ける身だとしても、許されません」


ルルーシュの声が届いているはずなのに、スザクは足を止めない。
淡い微笑みを浮かべている。翡翠の瞳を細め、ルルーシュの裸体を舐めるように見つめてくる。
確かな欲情が宿っているのに、ルルーシュは気付いていた。

暗い光を宿した彼の瞳が、怖くてならない。
いつの間にかルルーシュの身体は震えていた。


「いい眺めだ」


スザクが手を伸ばしたときだった。
扉の向こうで鈴の音が二度響いた。誰か来訪者が訪れたのだろう。二回鳴ったということは、神殿関係者であることは間違いない。

着替えに手を伸ばしたルルーシュの腕を、素早くスザクが絡めとる。
手の平から伝わる熱い肌にルルーシュはびくりと身体を震わせる。


「王、私は行かなければなりません。どうか、お離し下さい」


震える声を押し殺し、王に告げる。予想に反し、ルルーシュを捕らえるスザクから力が抜ける。
ルルーシュは、無意識のうちに「スザク」と名を呼んでいた。

視線が交わる。

その瞬間、身体を引き寄せられていた。濡れた肌に感じる、スザクの体温に否応なしに身体が火照りだす。

「ルルーシュ…」


名を呼ばれたのと同時に、唇を塞がれる。
柔らかな唇を味わうかのように舌でたどり、軽く噛む。
その動きに体が彼の熱を求めはじめる。

「う…、…ふっ…、ん」

スザクの手がルルーシュの身体を滑りはじめる。背筋をなぞる感触に、ぞくぞくっと身体が震える。
逃れようとしていた意識が、スザクによってもたらされる刺激により、快感に塗り替えられていく。
ようやく唇が離れても、ルルーシュはもはや逃げようとはしなかった。

スザクの唇が首筋を辿りはじめ、時折強く吸い付き、赤い華を咲かせていく。
そのたびに、ルルーシュの身体が跳ねる。


「あ、…っん…」


いつの間にか、ルルーシュは胸の突起を口に含んだスザクの頭を抱き締めていた。

熱に浮かされはじめた空間に、扉の開く音が響く。
快楽を求め始めたルルーシュの耳に聞き慣れた声が届く。

「ほう、天上の神を捨て、太陽神に乗り換えたか、ルルーシュ」


長い黄緑色の髪を翻し、現れた月の守りは、冷たい笑みを浮かべ星の祈りを見つめた。




**



スザクは突然現れた黄緑色の髪を持つ女をキツく見据える。
彼女はスザクを視界に捉えると、扉に背中を預け、腕を組みゆっくりと唇の端を持ち上げ、くつりと笑んだ。


「成る程、お前が新たな王だな」


「僕を知っているのか?」


「知っているも何も、私は遥か昔からこの国と共にある。この国で知らないことはないさ」


金色の目を細め笑う姿にスザクの背筋がぞくりと震えた。
それが腹立たしくて、きつく唇を噛みしめる。
腕の中に囲うルルーシュを抱き締めると、彼の体が震えたのが分かった。
そっとルルーシュを見下ろせば、青い顔をして震えている。
その姿はまるで怯えているよう。
自分に対してではない。彼女に怯えているのだ。
それが何故なのか分からなくて、スザクは眉を寄せ、入口に立つ彼女を睨みつけた。


「君は誰だ?」


問うた声が掠れる。喉が異様に渇いている。これほど緊張するのは久しぶりのことである。それがスザクには可笑しくてならなかった。
この場を支配しているのは紛れもなく、突然現れた黄緑色した髪の女だ。


「私か?私は月の守り。この王国と共にある者。
星の神殿と対となる月の神殿の巫女さ。
太陽神の召し子よ。悪いがお前には用はない。
私はお前が今、腕に抱く男に用があってきたのさ」


「何?」


「ひさしぶりだな、ルルーシュ」


慈しむかのように呟いた彼女は優しい笑みを浮かべている。
しかし、感じるのは震えだしそうなほど冷たい空気である。
そこにスザクは確かな怒りを感じた。


「お前は星の名を持つにも関わらず、その力を失った。
もはや、お前は星の祈りではない。即刻、その名を天上神にお返ししろ。これは、厳命である」


発せられ言葉にスザクは瞠目した。星の名の返上は、死に他ならない。
何故、彼女がルルーシュに命じるのかまるでわからない。


「何を言っているんだ、君は。ルルーシュに死ねというのか!?」


声を荒げたスザクに彼女は淡々と返す。


「そうだ。男にかまけ、身を穢し、挙げ句力を失い、民たちを混乱に貶めた罪は重い。ルルーシュ、お前には死をもって償ってもらう」


反論しようとしたスザクを止めたのは、俯き口を閉ざしていたルルーシュである。スザクの腕をぐっと握りしめ、顔を上げ、声を発する。


「それは、神殿の総意か?」


細い身体は震えていたが、彼女を見据える紫水晶の瞳に迷いはなかった。
彼女が頷けば、ルルーシュは微かに息を吐いただけで、それ以上なにも言わない。
反論もせず、死を受け入れるルルーシュが信じられなかった。
そして胸の内から湧き上がる怒りに、スザクの身体が震え始める。

また、だ。
またルルーシュだけが罪を被るというのか。

そんなことは、許さないと。スザクはルルーシュを胸の中に抱き、きつく抱き締める。
その腕が震えてしまう。
それが伝わったのか、ルルーシュが不安げにスザクを見上げる。


「スザク…?」


名を呼ぶルルーシュに答えず、月の守りを睨み、問いかける。


「君は、知っているのか?ルルーシュが受けた仕打ちを」


「スザク!!止めろ!!」


ルルーシュがスザクの体にしがみ付き、止めようとするが、もはや止めるつもりはなかった。
ルルーシュを穢しているのは自分。
彼が悪いわけではない。
そして誰よりも星の祈りである事に誇りを持っているルルーシュから力を奪ったのは、太陽の名を持つ者なのだから。


「ルルーシュは誰より、この国を思っている。すべてを知っているというならば、この国がどれほど歪んでいるかお前は知っているのだろう?」


挑発的に言い放ったスザクに、月の守りは目を細め再び笑みを浮かべる。


「なるほど、なかなか面白い男だ。いいだろう、ルルーシュのことは保留にしておこう。こちらに来い、スザク」


「どういう意味だ?」


「そのままの意だ。星の祈りの裁決は、ほとんど私に一任されているからな。
ぐだぐだ言わずに、さっさと来い。
ルルーシュ、お前は泉に浸かっていろ。何もしないよりは、ましだ」


さっと身を翻し、出ていった月の祈りをスザクは困惑しつつも追いかけることにした。
不安気に見つめてくるルルーシュに肩衣をかけ、そっと額に唇を落とす。
怯えるようにきつく目を閉じるルルーシュが悲しくてならなかった。









扉をくぐった先、中庭に面した所に立つ柱の側に、彼女は立っていた。
スザクに気づくと、ふっと息を吐きスザクを見つめる。

「私はお前を、見誤っていたようだ。
ただ、短絡的に己の欲望だけで星の祈りを穢したのだと思っていたよ」


「君の見解に間違いはないと思うけど?」


「ふん、可愛げのない坊やだ。一つ聞くが、お前はこの国をどう思う?」


彼女の隣に並んだスザクは、中庭に立つ高く伸びる大樹を見上げる。
ルルーシュに出会った場所である。あの日から、スザクの世界はルルーシュになった。


「国よりルルーシュを取るか」


彼女の声は吹き抜けた風にかき消される。
スザクはそっと目を閉じた。


「僕は何時だって、ルルーシュと共にある。彼だけにすべてを背負わせたりはしない。
彼が罪を背負うと言うならば、僕も背負うよ」


それは、あの日、誰よりも大切な人を守れなかった自分への誓いだから。


「それが、王であるお前が決めたことなら、私は何も言わない。私はこの国と共にある者。
この国の行く末を決める、王がその道を決めたのならば、私はルルーシュを罰したりはしない」

「それでいいのか?君は罰せられたりしないのか」


そう問えば、彼女は声を上げて笑い始めた。


「やはり、お前は変わった男だな。さて用は済んだし、私は帰るとするよ」


歩き始めた彼女は数歩歩いてから立ち止まり、そして、振り返り呟く。


「スザク、お前は選んだ。ルルーシュを。この国よりも民よりも。だから、なにがあろうとルルーシュを離すんじゃないぞ」



それは、誓いにも似た響きをしていた。
スザクがはっきりと頷くと彼女は優しい笑みを浮かべた。
それはまるで、子を慈しむ母のように見え、スザクは遠ざかる彼女の背を見つめ続ける。



破壊を願う王が進む道は、王国を衰退へと導く。

それでも、唯一己が望んだものだから、立ち止まるわけにはいかない。

スザクは、誰より愛しい星の名のもとに、歩きはじめた。


END

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