灼熱に咲く華

□陽炎に輝く明日
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*ラストの内容を、オフ本とは少し変更しております。







もうすぐ、王を祝う式典がはじまる。
翡翠の王が即位してはや三年の月日が流れた。


実父を殺し、玉座についた彼に、快く思わないものも存在した。
ゆえに、何時まで経ってもこの王宮は血に染まり続けている。
荒れ始めた国で、民たちが悲鳴を上げている。
ルルーシュは庭園の柱の陰から、広場に集まった人々の騒めきに耳を傾けた。
王宮を彩る庭園。色鮮やかな花が咲く、緑あふるる空間。
砂の大地を生き抜く緑が焼けつく太陽のもと、咲き乱れる。

――スザクの色だ。

はやく、はやく新たな星の祈りを迎えなければ、国は荒れ続け、やがて消滅してしまうだろう。
そんなことは、させられない。させてはならない。
――ここは、彼の国だ。
罪は、償わなくてはならない。

「ルルーシュ」

振り向けば、柱の側にカレンの姿があった。その瞳は、赤く充血していた。
彼女を悩ませ、苦しめたことは間違いない。優しい彼女のことだ、眠れなかったのだろう。

「カレン……」

カレンが胸に大事そうに抱える剣。
それは、自身が星の祈りを拝命したときのものだ。
同時に彼女は、姉という存在から、主にすべてを捧げる騎士となった。
酷なことを願ったと自覚している。
それでも、このままではいられないのだ。
カレンと正面から向き合う。
カチカチと、彼女の剣が鳴る。それが、泣き声に聞こえた。
ゆっくりと剣を抜き、構える。
唇を噛み締めた彼女は、大粒の涙を流し、かぶりを振った。

「出来ない……」

「カレン?」

「出来ないわ! あなたを殺すなんて……」

その場に崩れたカレンの身体ががくがくと震えている。

「どうして、どうして、あなたが死ななくちゃいけないの!」

「俺が、星の祈りだからだ。力を失えば、王国は崩壊する」

「でも、だからって、どうしてルルーシュだけが犠牲にならなければならないの……」

崩れ落ちた彼女に駆け寄り、震える身体を抱き締める。
彼女が息を飲んだのが分かった。細く自分より小さな身体。
昔は自分よりも大きく、いつも凛と立っていた。
勝気な笑顔を浮かべていた彼女は、いつからか笑わなくなった。

優しい姉を憎しみに追いやってしまった。だから、もう。

これ以上、ここにいられない――。

悲痛な叫びが、広場に集まった熱気にかき消される。無言の風が吹き抜ける。
ルルーシュはカレンから身体を離し、彼女の碧い瞳をまっすぐ見つめた。

「カレン、もう一度言う。俺を、殺せ」

命令だ、と言い放つ。
戦慄く彼女に、胸が痛むが、彼女にしか頼めないのだ。
あの時、自身が星の祈りとなり、彼女が騎士となってから、もはや自分たちは家族ではなくなった。

主とそれに従う騎士。それ以外、自分たちを表わす言葉を持ってはならない。

「カレン、俺を殺せ」

立ち上がり両手を広げ、胸を晒す。彼女の肩が大きく揺れたが、今度こそ、彼女は刀を握りしめ、立ち上がった。

剣先が己を捕える。ゆっくりと胸に近づく銀の輝きに微笑んだ。
――そのときだった。


ルルーシュは目の前に現れた姿に目を見開いた。駄目だとカレンを止めよう思った瞬間、剣先は吸い込まれていた。


「スザ、ク……?」

振り返った王が、翡翠の瞳が、微笑む。
同時にその身体が崩れ落ちてゆく。
ルルーシュは咄嗟に彼を抱きこんだ。それでも、受け止めきれずに共に床に倒れた。
力なくもたれ掛かる王の瞳は、今は見えない。
もう一度名を呼んだときだった。
床に滴り落ちる深紅に、ルルーシュの身体が大きく揺れた。

ナゼ、カレガ、タオレテイル?コノ、アカハ、ナンダ?

目の前のカレンを見上げれば、色を無くし、立ち尽くしていた。
彼女の持つ剣から、流れ落ちるのは――。

深紅、“血”だ。

「スザ、ク?」

誰の、これは、誰の血だ?

「スザク?」

力なく伏せられていた瞳が、閉じられていた瞼が揺れる。
自分を捉えると、スザクは嬉しそうに微笑んだ。
いつもの暗闇に染まった色ではなく、優しいぬくもりに溢れたそれは、いつか見たものと重なる。

「ルルーシュ、僕が望んでいるのは、今も、昔、も…、君と共にあること、だ」

静かな囁きに、ルルーシュは動きを止めた。
目の前の翡翠の輝きから、目が離せない。
真剣な眼差しに息が止まる。懐かしい輝きが見えた気がした。

「王と、して存在するよりも、僕、は君と共にいたい」

スザクの身体が、耳元に感じる吐息が微かに震えている。
震える手のひらがルルーシュの頬を包み込んだ。覗きこんだ翡翠は、泣いていた。そのことに、ルルーシュは驚いた。

「どう、して……」

「ルルーシュが生きていないなら、僕に生きている、意味は、ない。だから、一緒に生きて。お願いだ、ルルーシュ……、君が、望んだことは、な、に?」

星の祈りとして、ずっと捧げてきた。
死ぬのは当然だと思っていた。だから、ルルーシュは戸惑った。
ただのルルーシュとして、願うこと。星の祈りでもない、ただのルルーシュが願うこと。

それは、何だっただろうか。
ふと、脳裏によぎるのは、幼いころの記憶。
太陽の下、揺れる木漏れ日の中で、微笑んでいたのは、そう。視界に映る翡翠に全身が熱くなる。

「スザク……」

大きな翡翠の瞳を輝かせ、日に焼けた小麦色の肌が眩しかった。
いつも、気づけば傍にいて、いつも一緒にいた。
名に縛られることもなく、あの頃の自分が願っていたのは、一つだった。

――ずっと、一緒にいような!

ナツメヤシの向こうで、桃色の花びらがひらひらと舞い降りていた、その先にいたのは。


「思い、出した?」

母を亡くし、泣いていた自分に手を差し伸べてくれたのは、彼だった。
触れたぬくもりと、あたたかな眼差し。
あの時、ルルーシュは確かに――光を見た。
彼がいてくれたから、自分はここにいられた。

「スザ、ク」

「うん」

「スザク、スザク」

「大丈、夫、俺は、……ここに、いる。絶対、お前を、一人にしない。死んだり、しない。ルルーシュが罪を背負うならば、俺も共に、背負う」

ルルーシュの瞳から涙が零れた。
流れ落ちる雫をスザクが唇で拭ってゆく。
そのぬくもが、愛しいと思った。

胸の内で詰まっていた重い影が解けてゆく。
ずっと押し殺していた想いが、溢れ出す。
本当はずっと、スザクの傍にいたかった。
彼のぬくもりに触れていたかった。

震える手でやわらかな髪の毛に触れれば、スザクが目を細める。
彼が昔と変わらぬ笑みを浮かべている。
そこにあるのは、命の源――オアシスの色。
何よりも、自身が欲していたものだ。

「スザク、スザク、俺……、好き、だ。ずっと、好き……だった」

あの時、伝えることが出来なかった言葉が、ようやく溶けていった。


広場を覆う熱気が、風に巻き上げられ、直ぐ側を通り抜けていく。それでも、彼らには届かない。
交わされる熱とともに紡がれるのは、長い間封じられていた愛の言葉。





砂の大地に覆われた国。
太陽と星の神々によって守られてきた王国。

そこに、太陽の化身とされた一人の王がいた。
彼が望んだのは、王国の繁栄でも、多くの権力でもなく、ただ一つの光だった。
けっして交わることのない清らかな魂。
砂の王国で、罪という名の炎にその身を苛まれ続けても前を見据え続ける。

翡翠の王が掴んだのは、灼熱の大地に咲き誇るたった一つの美しい華だった。


END

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