*ラストの内容を、オフ本とは少し変更しております。 もうすぐ、王を祝う式典がはじまる。 翡翠の王が即位してはや三年の月日が流れた。 実父を殺し、玉座についた彼に、快く思わないものも存在した。 ゆえに、何時まで経ってもこの王宮は血に染まり続けている。 荒れ始めた国で、民たちが悲鳴を上げている。 ルルーシュは庭園の柱の陰から、広場に集まった人々の騒めきに耳を傾けた。 王宮を彩る庭園。色鮮やかな花が咲く、緑あふるる空間。 砂の大地を生き抜く緑が焼けつく太陽のもと、咲き乱れる。 ――スザクの色だ。 はやく、はやく新たな星の祈りを迎えなければ、国は荒れ続け、やがて消滅してしまうだろう。 そんなことは、させられない。させてはならない。 ――ここは、彼の国だ。 罪は、償わなくてはならない。 「ルルーシュ」 振り向けば、柱の側にカレンの姿があった。その瞳は、赤く充血していた。 彼女を悩ませ、苦しめたことは間違いない。優しい彼女のことだ、眠れなかったのだろう。 「カレン……」 カレンが胸に大事そうに抱える剣。 それは、自身が星の祈りを拝命したときのものだ。 同時に彼女は、姉という存在から、主にすべてを捧げる騎士となった。 酷なことを願ったと自覚している。 それでも、このままではいられないのだ。 カレンと正面から向き合う。 カチカチと、彼女の剣が鳴る。それが、泣き声に聞こえた。 ゆっくりと剣を抜き、構える。 唇を噛み締めた彼女は、大粒の涙を流し、かぶりを振った。 「出来ない……」 「カレン?」 「出来ないわ! あなたを殺すなんて……」 その場に崩れたカレンの身体ががくがくと震えている。 「どうして、どうして、あなたが死ななくちゃいけないの!」 「俺が、星の祈りだからだ。力を失えば、王国は崩壊する」 「でも、だからって、どうしてルルーシュだけが犠牲にならなければならないの……」 崩れ落ちた彼女に駆け寄り、震える身体を抱き締める。 彼女が息を飲んだのが分かった。細く自分より小さな身体。 昔は自分よりも大きく、いつも凛と立っていた。 勝気な笑顔を浮かべていた彼女は、いつからか笑わなくなった。 優しい姉を憎しみに追いやってしまった。だから、もう。 これ以上、ここにいられない――。 悲痛な叫びが、広場に集まった熱気にかき消される。無言の風が吹き抜ける。 ルルーシュはカレンから身体を離し、彼女の碧い瞳をまっすぐ見つめた。 「カレン、もう一度言う。俺を、殺せ」 命令だ、と言い放つ。 戦慄く彼女に、胸が痛むが、彼女にしか頼めないのだ。 あの時、自身が星の祈りとなり、彼女が騎士となってから、もはや自分たちは家族ではなくなった。 主とそれに従う騎士。それ以外、自分たちを表わす言葉を持ってはならない。 「カレン、俺を殺せ」 立ち上がり両手を広げ、胸を晒す。彼女の肩が大きく揺れたが、今度こそ、彼女は刀を握りしめ、立ち上がった。 剣先が己を捕える。ゆっくりと胸に近づく銀の輝きに微笑んだ。 ――そのときだった。 ルルーシュは目の前に現れた姿に目を見開いた。駄目だとカレンを止めよう思った瞬間、剣先は吸い込まれていた。 「スザ、ク……?」 振り返った王が、翡翠の瞳が、微笑む。 同時にその身体が崩れ落ちてゆく。 ルルーシュは咄嗟に彼を抱きこんだ。それでも、受け止めきれずに共に床に倒れた。 力なくもたれ掛かる王の瞳は、今は見えない。 もう一度名を呼んだときだった。 床に滴り落ちる深紅に、ルルーシュの身体が大きく揺れた。 ナゼ、カレガ、タオレテイル?コノ、アカハ、ナンダ? 目の前のカレンを見上げれば、色を無くし、立ち尽くしていた。 彼女の持つ剣から、流れ落ちるのは――。 深紅、“血”だ。 「スザ、ク?」 誰の、これは、誰の血だ? 「スザク?」 力なく伏せられていた瞳が、閉じられていた瞼が揺れる。 自分を捉えると、スザクは嬉しそうに微笑んだ。 いつもの暗闇に染まった色ではなく、優しいぬくもりに溢れたそれは、いつか見たものと重なる。 「ルルーシュ、僕が望んでいるのは、今も、昔、も…、君と共にあること、だ」 静かな囁きに、ルルーシュは動きを止めた。 目の前の翡翠の輝きから、目が離せない。 真剣な眼差しに息が止まる。懐かしい輝きが見えた気がした。 「王と、して存在するよりも、僕、は君と共にいたい」 スザクの身体が、耳元に感じる吐息が微かに震えている。 震える手のひらがルルーシュの頬を包み込んだ。覗きこんだ翡翠は、泣いていた。そのことに、ルルーシュは驚いた。 「どう、して……」 「ルルーシュが生きていないなら、僕に生きている、意味は、ない。だから、一緒に生きて。お願いだ、ルルーシュ……、君が、望んだことは、な、に?」 星の祈りとして、ずっと捧げてきた。 死ぬのは当然だと思っていた。だから、ルルーシュは戸惑った。 ただのルルーシュとして、願うこと。星の祈りでもない、ただのルルーシュが願うこと。 それは、何だっただろうか。 ふと、脳裏によぎるのは、幼いころの記憶。 太陽の下、揺れる木漏れ日の中で、微笑んでいたのは、そう。視界に映る翡翠に全身が熱くなる。 「スザク……」 大きな翡翠の瞳を輝かせ、日に焼けた小麦色の肌が眩しかった。 いつも、気づけば傍にいて、いつも一緒にいた。 名に縛られることもなく、あの頃の自分が願っていたのは、一つだった。 ――ずっと、一緒にいような! ナツメヤシの向こうで、桃色の花びらがひらひらと舞い降りていた、その先にいたのは。 「思い、出した?」 母を亡くし、泣いていた自分に手を差し伸べてくれたのは、彼だった。 触れたぬくもりと、あたたかな眼差し。 あの時、ルルーシュは確かに――光を見た。 彼がいてくれたから、自分はここにいられた。 「スザ、ク」 「うん」 「スザク、スザク」 「大丈、夫、俺は、……ここに、いる。絶対、お前を、一人にしない。死んだり、しない。ルルーシュが罪を背負うならば、俺も共に、背負う」 ルルーシュの瞳から涙が零れた。 流れ落ちる雫をスザクが唇で拭ってゆく。 そのぬくもが、愛しいと思った。 胸の内で詰まっていた重い影が解けてゆく。 ずっと押し殺していた想いが、溢れ出す。 本当はずっと、スザクの傍にいたかった。 彼のぬくもりに触れていたかった。 震える手でやわらかな髪の毛に触れれば、スザクが目を細める。 彼が昔と変わらぬ笑みを浮かべている。 そこにあるのは、命の源――オアシスの色。 何よりも、自身が欲していたものだ。 「スザク、スザク、俺……、好き、だ。ずっと、好き……だった」 あの時、伝えることが出来なかった言葉が、ようやく溶けていった。 広場を覆う熱気が、風に巻き上げられ、直ぐ側を通り抜けていく。それでも、彼らには届かない。 交わされる熱とともに紡がれるのは、長い間封じられていた愛の言葉。 砂の大地に覆われた国。 太陽と星の神々によって守られてきた王国。 そこに、太陽の化身とされた一人の王がいた。 彼が望んだのは、王国の繁栄でも、多くの権力でもなく、ただ一つの光だった。 けっして交わることのない清らかな魂。 砂の王国で、罪という名の炎にその身を苛まれ続けても前を見据え続ける。 翡翠の王が掴んだのは、灼熱の大地に咲き誇るたった一つの美しい華だった。 END |