灼熱に咲く華

□月の印
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ここは、どこまでも続く砂の大地である。

煌々と輝く太陽は、焼けるほどの熱を地上に送り、乾いた大地を照らす。
ふわりと、熱の籠った風が吹き抜けた。

その先にある物は、星を崇める人々が創った一つの建造物である。
幾重もの柱を並べ、天上の神を模った像を崇める。
願いの先は、人々の暮らしそのものであったが、それもいつしか権力の塊に飲まれていった。


高く伸びた柱に護られた回廊から見えるのは、緑に包まれた中庭である。
ゆっくりと歩みを進めていた白いローブに身を包んだ少女は、立ち止まった。
彼女の長い黄緑色の髪がゆらりと舞った。

彼女の視界に映るもの――それは、一人の幼い少年だった。
十にも満たないだろう。
日に焼けた肌に、ナツメヤシの葉が、木漏れ日を落とす。
少年は、ナツメヤシの木の下で広がる空を見上げていた。
くるくると跳ねた茶色い髪がふと、動き少年が振り返る。
見えた瞳は、鮮やかな光輝を放つオアシスそのものだった。

「ねーちゃん、誰?」

少年は丸い瞳を逸らすことなく、彼女を見つめる。きらきらと輝く澄んだ瞳。
彼女にはすぐに分かった。

彼こそが、次代の王国を紡ぐものだと。

すぐに返事を返さなかったためか、少年の表情に険が混ざり始める。
警戒しているのだろう。
幼いながら、よく観察していると妙に感心してしまう自分が可笑しくてならなかった。
どうやら、己は、この少年が気に入ったようである。
彼女は、金色の瞳を細めた。それだけで、少年の身体が微かに跳ねた。
驚かせないよう、怯えさせないよう、彼女はゆっくりと口を開いた。

「私は、神殿の関係者だ。ほら、私の服を見たらわかるだろう」

少年と彼女との間には、ロータスが咲き乱れる聖池が存在している。
決して近いとは言えない距離だったが、静寂を貫くこの場所では互いの声は十分届く距離である。
だからこそ、これ以上、距離を詰めようとは彼女は思わなかった。
唇を尖らせ、渋面を作る様子は幼い子供そのもので、笑いが込み上げてくる。
彼女は肩を震わせ、笑った。
それが気に入らなかったのか、少年はますます口を尖らせた。

「ねーちゃん、本当に神官なのか?」

笑いすぎて涙がこぼれ落ちそうになる。それを手で拭うと、彼女はそうだ、と頷いた。

「先ほど身罷った星の祈りに祈りと、別れを捧げに来たんだよ」

彼女が言えば、少年の瞳が大きく揺らいだ。少し難しい言葉を使った自覚はあったが、少年はどうやら理解したようだ。
輝いていたオアシスの色が途端に暗闇を落とす。
ここは、天上の神を祀る神殿。
星の祈りは、その神に祈りを捧げる役目を負うものである。
天上の神を敬い、全てを捧げ、祈る。
そして、砂の大地に抱かれた王国を護るため、時には、命そのものを捧げる贄の役目も同時に負っている。
この度の大河の反乱は、稀にみるほどの災害を引き起こした。
街を流し、田畑を泥に埋め、家畜を襲い、人々の命さえも奪っていった。
少年が次代の王を担う者ならば、星の祈りが身罷った理由も自ずと理解しただろう。
災害は、神の怒りの証。
天候を操る力を持つ天上神に星の祈りの命を捧げることで、怒りを鎮めようとしているのだ。

「なあ、ねーちゃん、神様は本当に偉いのか?」

少年の瞳が問いかけてくる。真っ直ぐな、穢れをしらない無垢な魂が彼女には眩しかった。
すべてを当たり前だと受け入れることは容易い。けれど、彼はその先を見つめている。
何が正しく、真の答えを自らが導き出そうとしているのだ。

「本当に、そうだな……」

彼女は流れゆく風の中で、新たな予感を感じていた。
少年がこの先、王となった時は、何かが変わるはずである。

それは、星の祈りと対となる存在である月の守りが未来を垣間見た瞬間だった。


end

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