『流星(りゅうせい)』 ――それは、天帝より選ばれし者。 ――星と星を繋ぎ、守るもの。 2 華やかな光を放ち、漆黒のそらに向い流星が飛び立つ。 今日、新たな聖冠が、産まれた。 これまででもっとも早く、史上最年少で星を任うことになったのはどのような人物なのか、皆浮き足たっている。 茶色い癖毛に翠の瞳を持つ青年――スザクも、そのうちの一人だ。 「よ! スザク、今日はよろしくな!」 今日のパートナーは、古いなじみのジノだ。 スザクが流星となってからの付き合いだから、もうどれほどの長さだろうか自分でも覚えていない。 それほど流星の命は長い。 だが、星と星を導く聖冠と比べれば驚くほど短い。 スザクは隣に立つジノを見上げた。 流星の纏う制服は白を基調としている。 腰までの少し丈の短い上着と腰に太めのベルトを巻きズボンと膝までのブーツ。 すべて白で統一されたそれらは、天帝よりの願いの証だと言う。 すべての星と聖冠の願いが聞き届けられるように、と。 彼はスザクより、頭一つ分大きく、人懐っこい性格だからか、とにかく、目立つ。 金色の髪を三つ編みにしているのが、未だ、スザクには理解出来ないでいる。 「ジノ、毎回言うようだけど、僕の仕事の邪魔だけはしないでよ」 腕をスザクの肩に回し、ジノが笑う。 いつも落ち着きがないが、今日は一段とそわそわとしている。 彼もまた、新たな聖冠に興味津々なのだろう。 スザクは溜息をつきつつも、それ以上、何も言わない。 二人ペアとなり、扉の前に立つ。 漆黒のそらが見渡せる崖の上にそびえ立つ二本の象牙色の柱。 それが星へと繋がる扉である。 胸に掲げるバッチを認証機にかければ、扉は開く。 バッチは流星となった者の身に許されるものだが、金色のバッチに埋め込まれた宝石の色は自身の瞳と同じである。 ジノは青いトパーズ。 スザクは深いエメラルド。 「おっし、今日も行きますか」 満天に広がる、漆黒の海に向かい、流星が飛び立った。 底の見えぬ、彼方まで続く、漆黒の空は静かすぎるほど、無音の世界だ。 小さく輝く、赤や青、白き光は、尊い命一つ一つである。 聖冠とよばれる者たちに導かれ、歩み続ける。 「スザク、あれ」 不意に、ジノが立ち止まり、指差す。 先にあったのは、紅く燃え上がる炎。 赤き龍が荒れ狂うように、星を包み込んでいた。 「ジノ」 スザクが声を掛けた瞬間、星が弾け飛ぶ。 あたり一面を巻き込み、爆発を起こす。 流星は、星の欠片を持つため、星か彼らを傷つけることは、決してない。 それでも、爆発した熱が、スザクたちのもとにまで届きそうで、二人は顔を覆う。 光が、横に伸び、消えてゆく。 再び、静寂が、訪れる。 後に残るのは、苦い、痛みと、言いようのない悲しみ。 ――星が、命を終えた。 「あの星、ついこないだ、聖冠が亡くなったんだ」 ジノが目を伏せ、言った。 星は、産まれた瞬間に聖冠に守護され、歩み始める。 星を育て、共に歩む聖冠は彼らにとって親というよりも、運命を共にする半身なのだろうとスザクは思う。 目の前で散ったあの星は、半身である聖冠を亡くし、どれほどの悲しみを負ったのだろう。 流星として存在するスザクには、彼らの絆を想像するしかない。 「新たな誕生は、古きの終わりでもある」 「え?」 「先輩が最後に遺してくれた、言葉なんだ」 星の名残を見つめるジノは、泣くのを耐えるように、じっと消えていった先を見つめる。その横顔が泣いているように見えて、スザクは何も言えなくなった。 彼の前に流星の名を繋いでいた者は、聖冠を守る為に、その命を散らした。 「さあ、行こう、ジノ。新たな聖冠が、待っている」 二人で黙礼をし、消えていった星に背を向けた。 どれほど進んだだろう。 漆黒のそらを彩る色とりどりの光が瞬きを繰り返す。 まるで星と星が会話をしているかのように、時には小さくまた大きく光を発し、流星である彼らを惹きつける。 スザクとジノは顔を見合わせるとそんな星の様子を微笑みながら見つめる。 星が言葉を発することはない。 だからこそ、自らの存在を知らせるように光り輝くのかもしれない。 見えたのは、赤い大地に覆われた星。 この星の聖冠は、戦の女神とも言われるほど、闘争心あふれる女性だ。 彼女の気質を受け継ぐように、活発に変わり続ける星。 その先に、新たな星はある。 「見えたぞ」 ジノがスザクの背をぽんと叩く。 これから向かう星は、スザクが護衛することになる新たな聖冠が守護する星である。 どのような人物なのか、胸が騒ぐ。 スザクは、ゆっくりと産まれたての星に近づいた。 「これが、新たな、星」 赤く、うねりを上げる星。 まるで、産声を上げているかのようだ。 周りを飛ぶ星の欠片を取り込み、大きく成長している。 これから、どのような星になるのだろうか。 素直に、成長が楽しみでならない。 スザクは、いつの間にか、微笑んでいた。 「じゃあ、挨拶に行ってこいよ」 「そうだね」 ジノに送り出され、足を踏み出す。 ふわりと、星に近づけば、歓迎するかのように、引き寄せられる。 真っ直ぐ降りたった先。 そこに、聖冠はいた。 「あ……」 赤く燃え上がる地平に立つのは、一人の青年――。 ふとその人がこちらを向いて、スザクは息を飲んだ。 見えたのは深い、大きな紫の瞳。 真っ白な肌を覆うのは、純真の白で作られている礼服。 シンプルな作りであるが、それが彼の漆黒の髪を引き立て、美しさをさらに引き出していた。 まるで光に包みこまれているように感じる。 聖冠は光を纏い、星を導くと言うが目の前に立つ聖冠は光その者のように感じ息を飲んだ。 「誰だ?」 発せられた声は思ったより低く、しかし、耳の奥に心地よく舞い降りる。 スザクは吸い込まれるように、目の前の聖冠に魅入った。 「おい、俺の言葉がわかるか?」 はっと、我に返り、スザクは地に膝をついた。 ここに来た意味を忘れるところだった。 「この度は、おめでとうございます。我らは、流星。あなた方、聖冠をお守りするのが、役目です。 我が名は、スザク。これよりあなた様を、全身全霊をかけ、お守り致します」 深く礼をすれば、困惑した声が返ってくる。 「すまないが、俺は、守られるほど、たいした者ではない」 「聖冠は、星を守護される尊き存在。あなたは、我らにとって光なのです」 顔を上げ、スザクは断言する。 その瞬間、紫の瞳が、大きく揺らいだ。 ――泣いている。スザクには、そう感じた。 「俺、は、光にはなれない……」 「何故ですか?」 「俺の姿を見て、何も感じないのか?」 自らを貶めるかのような言葉。 スザクは、悲しくてならなかった。 彼から発せられるのは、まばゆいばかりの光。 これほどまでに美しく輝く聖冠を、スザクは知らない。 「自分には、わかりません。あなたは、聖冠としてふさわしいお方です。 そんなに悲しい顔をなさらないで下さい。星が不安になってしまう」 はっと、彼の顔が変わる。そして、真っ直ぐスザクを見つめてくる。 「お前は、流星だと言ったな? ならば、お前には、この星の心がわかるのか?」 スザクはそっと、目を閉じた。 感じるのは、この星の鼓動。 流星は、星の欠片。 こうして、目を閉じれば、欠片を通じて星の見えない声が聞こえてくる。 「あなたを、歓迎している。とてもとても、喜んでいる」 目を開けた先には、泣きそうな顔で微笑む聖冠の姿があった。 とくん、と。 スザクの胸が、響いた。 「そう、か。すまない、ありがとう」 にこりと、目の前の人が微笑む。 スザクは、息をするのも忘れ、魅入る。 「俺は、ルルーシュ。スザクと呼んでも、構わないか?」 差し出されたのは、ほっそりとした手。 「未熟な聖冠だが、よろしく頼む」 新たな星が産まれ、聖冠が誕生した。 それは、スザクにとって、新たな運命の幕開けだった。 next |