「星と流星」 3 この世界を統べる天帝が住まう宮殿。 それはほとんど目にすることの出来ぬ幻の場所だと言われ、 流星の中でも一部のそれも精鋭部隊ともいわれる伝説の聖剣しか足を踏み入れることは許されない。 その宮殿を守るように存在しているのが色とりどりの花々で彩られた庭園だった。 華やぐ庭園を歩くのは、花を司る桃色の髪の少女だ。 歩くたびに揺れ動く髪に、戯れるように蝶が飛び回る。 ユーフェミアは、にっこりと微笑み、隣を歩く青年を見つめる。 「新しくお仕えする聖冠には、お会いできたのですか?」 茶色の癖毛に絡まった花びらを苦笑いしながら取れば、軽やかな笑い声が響く。 「ひどいな、ユフィ」 「あら、ごめんなさい。スザク。でも、皆、貴方が好きなのよ。だから、おこらないで下さいね」 スザクの髪に花びらを落としたのは、精霊たちだ。 とても恥ずかしがり屋な彼らは、滅多に姿を見せない。 しかし、ユーフェミアは異なる。 彼らと触れ合い、笑顔を交わす。 彼女の優しい心に、皆、自然と集まるのだ。蝶も鳥も、草花も。 言葉を交わすことが出来なくても、彼女がいるだけで、その場が明るく輝くのだ。 ここを守るのが、彼女――ユーフェミアの役目である。 ユフィは天帝の血を引くものであるが、いつだって穏やかで傲慢になることはない。 その優しく穏やかな気質がスザクは好きだった。 彼女と知り合ったのはほんの偶然で、庭園にいた彼女が転びそうになったのを助けたのがスザクだった。 それから時間があくと彼女と会話を楽しむのが常になった。 「とても、綺麗な人だったよ」 「スザクがそう言うのだから、素敵な方なのね」 にっこりと笑う彼女につられ、スザクもいつの間にか微笑んでいた。 ふと、目に入った腕時計に、スザクの胸は高鳴る。 「そろそろ、行かないと」 「あら、もうですか? 残念だわ。今日は、ナナリーとお姉様もいらっしゃるのに」 「本当に、ごめん。今度、時間が空いたら、必ず」 「約束ですよ?」 にっこりと微笑むユーフェミアに別れを告げ、スザクは歩き出す。 その先に待っているのは、新たな星と聖冠。 スザクはいつのまにか、駆け出していた。 ****** 流星が星に惹かれるのは、身の内に星の欠片を持つからだ。 スザクはそう教えられたし、実際に星を目の前にすれば、いいようのない高揚感を感じる。 それなのに、今スザクの胸の内を埋め尽くすのは、新たに聖冠となったルルーシュだ。 初めてあったときも、彼から発せられるまばゆいばかりの輝きに、目が離せなくなった。 今まで多くの聖冠に出会ったが、彼ほど心を揺さ振る存在は初めてだ。 ふわりと、漆黒のそらを抜け、産まれたばかりの地上に降り立つ。 赤く燃え上がっていた地表はだいぶ落ち着きを取り戻し、なだらかな線を描く。 見慣れたほっそりとした後ろ姿が見えると、スザクは彼の名を呼びながら走る。 気付いた彼が、紫水晶の瞳を細め、笑う。 それだけで、スザクの胸はじんと震える。 「ルルーシュ!」 「スザク、遅かったな」 ふわりと彼が微笑むだけで、辺りを包む空気が柔らかくなる。 星の欠片を通して、スザクの元へ届くのは、嬉しいと歓声を上げる星の声だ。 この星は、本当にルルーシュのことが、大好きなのだと、スザクに伝えてくる。 まるで、代わりに伝えてほしいとでも言うように。 「ごめん、友人と話していて」 困ったように眉を下げたスザクに、ルルーシュが首を振る。 「いや、別に責めてはいない。ただ、お前はいつも、同じ時間に来るから、珍しいと思ったんだ」 照れ隠しなのか、早口で紡がれる言葉に、スザクの胸は震えが止まらなかった。 まるで、待っていたかのように聞こえるではないか。 クスクスと笑えば、むっとした顔で睨まれる。 それすらも、スザクには嬉しくてならない。 あれから何度も顔を合わせていたが、ある日難しい顔で考え込む聖冠に一つのことを提案された。 それは敬語を使わないというもの。 聖冠はなにより敬うものと教えられた流星である彼には何とも難しいものだった。 『すまない、あまり堅苦しい態度を取られるのは苦手なんだ』 そう言って苦笑いを零した。 聖冠として自分はまだ未熟で畏まった態度を取られると戸惑うからと。 照れくさそうに自分に告げる姿は優しさに溢れていた。 胸の奥から、後から後から溢れるあたたかいものが何なであるのか。 スザクには分からなかった。 だから、彼の提案を受け入れた。 心地よいと感じる。 スザクには、それで十分だった。 ふと目に入ったのは彼が持つ麻の袋だった。 「どうしたの、それ」 「ん? これか?」 ルルーシュに促され、中を覗きこむと見えたのは大小様々な大きさの種だった。 「どんな星にしたいかと兄に問われたんだが、俺にはまだよく分からなくて」 彼の兄は流星の間でも有名なシュナイゼル・エル・ブリタニアである。 誰をも引き付ける光を持ち、もっとも巨大な星を護る聖冠。 彼を護りたいと願う流聖は数多く存在している。 スザクも前はそう思っていた。 だが、今は違う。 目の目にいるルルーシュという新しく聖冠となった彼をスザクは護りたいと思っている。 確かに他の聖冠のように輝く容姿をしているわけではないが、彼の傍にいるとどこよりも心地よく、 感じるのはどこまでも柔らかく温かい陽だまりに似た光である。 「だから、自分が好きな場所を考えたんだ」 そうして行き着いた先がこの袋に入った種だという。 「俺の妹たちは花を咲かせるのがとても上手で、もしも願えるならたくさんの花と緑に溢れた優しい星にしたいと思ったんだ」 彼が微笑むたび、この星が歓声を上げる。 ――嬉しい。嬉しいと。 喜びの声を上げる星。 いまだ、自分は聖冠に相応しくないとルルーシュは零すが、そんなことはない。 なぜなら、星の欠片から直に伝わる星の声はいつだって喜びに溢れているのだから。 聖冠として相応しい人なのに、自信が持てず控えめな彼が好きだ。 スザクは目を細め、袋を覗きこむルルーシュを見つめる。 彼が願うならば、この星はきっと色とりどりの花に溢れた優しい星になるだろう。 「ねえ、僕も手伝っていい?」 そっと手を伸ばせば、満面の笑みが返ってきた。 |