パラレル

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「星の命」








聖冠の襲撃事件からしばらくの間厳戒態勢が敷かれ、すべての聖冠の傍に流星が二十四時間体制で警護にあたる状態が続いた。

命を狙われ傷を負ったルルーシュは天帝の住まう王宮での療養を命じられたが、それを拒んだのはルルーシュ本人だった。
曰く、王宮に入ってしまえば出歩くことを一切許されない。
そんな場所では治るものもなおらない、と。

何より星の気配を感じられなくなるのが嫌だと天帝に直訴したそうだ。

王宮は外界から隔絶された場所であるため、そとの様子を知ることは難しい。
それこそ天帝にでもならない限り、星の様子を知ることは叶わなくなる。
人づてに聞いたその内容にスザクは驚きつつも、嬉しくてたまらなかった。己の負った傷の療養よりも星に心を砕く姿に心が震えた。

――彼は誰より聖冠として相応しい。

ルルーシュが今療養している先は、彼が天帝より承っている離宮である。
そこに向かう途中、見なれた姿を見つけスザクは立ち止まった。

「アーニャ?」

声をかければ、彼女が振り返る。
赤い瞳は相変わらず眠たそうに半分閉じているがこれが彼女のいつもの表情である。
どうしたの?と問いかければ腕いっぱいに抱えた色とりどりの花を掲げ、アーニャが視線で示す。

「ルル様のところ」

それだけを言い残し、さっさと歩いてゆく姿にスザクは苦笑いを零した。
あの襲撃事件からアーニャもまたルルーシュに魅せられたらしく頻繁に通っている。
どうやら彼の妹と年が近いらしく、ルルーシュともすぐに打ち解け今では「ルル様」と親しく呼ぶようになっている。
彼に惹かれているのは何もアーニャだけではない。
一度扉のメンテナンスで彼の星を訪れたジノもだ。
確かに一見すればルルーシュは他の聖冠と比べ、眩いばかりの光を感じない。
だが、言葉を交わし直に触れ合えばその考えは一変する。
言葉を交わせば交わすほど、彼と触れ合えば触れ合うほど彼に魅せられる。
それは脳裏に焼けつくほど鮮烈な光ではなく、庭園を彩る花のように、差し込む光のように優しく温かなもの。
心地よさにいつまでも傍にいたいと思ってしまう。

(それが、彼が持つ聖冠の力――。きっと、他の誰とも違う彼だけが持ちうるもの)

その時だった。
不意に感じた視線にはっと身構える。
通路の奥、庭園へと続く階段に立つ人影を見つけた。
純白のマントが翻る。
立っていたのは、若い女。
長い黄緑色の髪は腰まで届いているだろう。

自分と同じ白い服に身を包んでいるが腰に差す銀色の剣は見なれないもの。
スザクは訝しみながら、彼女を見つめた。

「お前が新たな聖冠を護る流星か?」

問いかける声は高く、耳の奥まで滑り込んできた。

「だったら何だというんだ」

間合いを取りながら、何時でも動きだせるようにスザクは腰にある銃に手を伸ばした。
そんなスザクの動きを見据え、女がくすりと笑む。
赤い唇がやけに目についた。

「流石はシャルルが目をかけている流星だな。
何、安心しろ。私は敵ではない。よく見ろ」

そして彼女が指さすのは自身の胸。
そこにあったのは見なれたバッチ。
彼女の金色の瞳を模ったそれは、流星である証。
そしてその脇に添えられた純白の羽。

(まさか……)

流星が使用する武器は銃が主流となっている今、剣を使うことはない。
だが、例外が一つ存在する。

それは、――聖剣である。
流星の中でも精鋭部隊と言われる彼らは滅多なことでは姿を現すことはなく、天帝を護り続けているとも言われている。

「あなたは、聖剣――」

呆けたように呟き、その場に膝を折ったスザクに彼女は唇を引き上げた。

「気付くのが遅すぎるぞ。まったく、近頃の若い奴らはこれだから……。
勉強が足らんぞ! 実践だけではなく、史実もたまには勉強しろ!」

放たれる内容はどれも先輩に告げられたことのあるものばかりで。
スザクは目を丸くするしかない。

「――と。まあ、冗談はさておき」

ついと金色の目を細め、スザクを捉える。
ぞくりと背中に震えが走った。
見られているだけなのに、まるで心の内まで見透かされたような気がしてスザクは息を飲んだ。

「お前には教えておいてやる。これから先、あの星はどの聖冠が護る星より豊かで光に溢れた星となるだろう。
これは決して予言ではない。事実だ。
そして――次期天帝はあいつだ」

「え……?」

「まだ誰も知らない。天帝と、そうだな、それに近いものしかしらない。ルルーシュ本人すら知らない」

そんな機密事項を何故、一介の流星でしかない自分に語るのか。
スザクはただ彼女を見つめるしかない。

「あいつの背負うものはあまりにも大きい。到底一人では抱えきれないものだ。――だから」

すっと人差し指をスザクに向け、囁く。

「支えるものが必要となる。お前の事はずっとシャルルから聞いていた。
――だが、私は直接お前と話をしたかった。シャルルの言う通り、運命を握るものかどうかを――。
スザク、お前はこれから先、どんなことがあろうともルルーシュと共にありたいか?」

長い黄緑色の髪がさらりと揺れる。問われた言葉が辺りにこだました。




*******




「どうしたの、怖い顔して」

覗きこまれてはっと我に返る。
そして辺りを見渡す。
ラウンジで待機していたのだと思いだした。

「アーニャ?」

名を呼べば頷きが返ってきた。
どうしたの、とあまり感情を表にださない彼女に問われる。
じっと見つめてくる瞳に何でもないと返すが彼女の視線はスザクから離れない。
聖剣である彼女と別れた後、ルルーシュの元を訪れたが何を話したかまったく覚えていない。
ただ、彼女が語った内容が頭から離れなかった。
ふとアーニャが小型端末を操作し出し、スザクに向かい小さな画面を見せる。

「ルル様。いいでしょ」

画面に映っているのは、スザクの胸を焦がしてやまない人だった。
 綺麗な笑顔を浮かべているその姿に、身体の芯が熱くなる。
 逢いたくてたまらなくなる。
 どくどくと鳴り響く心音を感じたときだった。

「スザク、あなた忘れてるでしょ?」

「え?」

「ユーフェミア様」

 あ、とスザクは声を上げた。
そうだ。今日は、お茶に誘われていたのを思い出した。
この前は、仕事があり、断ったのだ。
そして先日、改めて誘われたのを忘れていた。
 スザクは慌てて、駆け出した。
 彼女が怒っていないことを祈りながら。






「スザク! 遅いですわ!」

 案の定、ユーフェミアは頬を膨らませ、時間に遅れたスザクを睨み付けた。

「ごめん、ユフィ。ちょっと仕事が入って……」

 まさか、彼のことを考えていて忘れていました、など言えるはずがなく。
スザクはユーフェミアに頭を下げる。

「仕事なら、仕方ありません。今日はナナリーが来られないのですが、私の大好きな兄が
変わりに来てくれることになったんです!」

 にこにこと微笑むユーフェミアは、本当に嬉しそうにスザクたちにお茶を振る舞う。

 スザク自身、ユーフェミアの姉とは幾度か顔を合わせたことがある。
妹である、ナナリーもだ。
彼女の姉であるコーネリアは赤く輝く星の聖冠でもあり、流星の間では有名である。
しかし、兄と呼ばれる者とは会ったことがない。

「あ! こちらですわ、ルルーシュ」

ユーフェミアの声にスザクは目を見開いた。

振り返った先にいたのは、艶やかな黒髪と美しい紫の瞳を持つ青年。
 やわらかな笑みを浮かべ、ユーフェミアのもとに駆け寄る。

「すまない、遅くなった」

「いえ、無理を言ったのは私ですもの。それよりも、お元気そうで、安心しました」

 スザクはぽかんと、二人のやり取りを見つめる。
 その視線に気付いたのか、ルルーシュがスザクをとらえる。
 途端に、紫の瞳が大きく開かれる。

「スザク?」

 瞬きを繰り返すルルーシュに、スザクは苦笑いしながら笑いかける。

 まさか、ユーフェミアの兄がルルーシュだとは――。
 逢いたいと願っていた人が、今、目の前にいる。

「お知り合いなのですか?お二人とも」

「ああ、スザクは俺を守ってくれている流星なんだ」

 ルルーシュが言えば、ユーフェミアは頬を染め、手を合わせて歓声を上げた。

「まあ! スザクが言っていた新しくお仕えすることになった聖冠って、ルルーシュだったのですね!」

 全員席につき、語られるのはどれもルルーシュの話だった。
 彼の知らない一面を知るたび、スザクの胸の内にある星の欠片が輝きだす。

――もっと知りたい。
――もっと傍にいたい。

心の内が叫び出す。
スザクはようやく気付いた。
誰よりも輝く美しい聖冠に、いつの間にか、心ごと捕らわれてしまったのだと。
それは、何よりも甘美で、いつまでもスザクの心を震わせ続けた。



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