「星の欠片」 6 「おい、スザク!」 名を呼ばれ、スザクははっと我に返る。 いつの間にか、側にジノがいて、困惑した様子でこちらを見つめている。 書庫にいた他の者たちがスザクたちを見ている。 スザクは苦笑いした後、謝罪の意味を込め、軽く頭を下げた。 「ジノ、ここでは静かにって、何時も言っているだろう?」 「分かっているよ。何度呼んでも気付かないから」 不貞腐れた顔をしたジノに、「ごめん」と謝る。 手に持つ書物を閉じると、スザクは出口に向かった。 そのすぐ後を、ジノが慌てて追い掛ける。 流星の役目は、聖冠を守ること。 それ以外は、どこにいようと何をしていようと許される。 日々、己の力を研く為、修行に励む者もいれば、書庫で静かに読書を楽しんだりと、様々である。 スザクは立ち止まると、ふっと息を吐いた。 側に広がるのは、色とりどりの花で彩られる庭園だ。 ユーフェミアと出会ったのも此処だ。 彼女は明るく輝くこの場所と同じように、いつも輝いている。 いや、ユーフェミアの心がこの庭園を明るく照らしているのだ。 初めて会ったときも、その明るさに惹かれた。 でも、彼女に感じるのは親愛の情で、スザクの胸を焦がすことはない。 今、スザクをとらえて離さないのは、艶やかな黒髪と美しい紫水晶をもつ聖冠だ。 彼を想うたび、スザクの身体は震えるばかりだ。 あの日、彼を見舞うために訪れた離宮で出会った少女。 流星を名乗る黄緑色の髪の彼女が言っていた言葉が脳裏から離れない。 『それほどまで聖冠を欲するか。――ならばいいことを教えてやろう。 真に聖冠と共にありたいと願うならば、元に戻ればいい。 流星とはもとは星。欠片を手放し、星と同化するのさ。 その方法は書物庫の第三通路の奥に隠されている。信じる信じないはお前の心次第だ』 彼女の言葉通りに向かった書物庫にあったのは一冊の本だった。 彼と共にありたい。 それが叶うならば、何だってしよう。 スザクは胸に抱く書物を、強く握りしめた。 「スザク、本当に、大丈夫なのか?」 ジノが心配そうに覗きこんでくる。 心配をかけているのは分かっていた。 だが、これは話してはならない想いである。 曖昧に微笑み歩き出そうとしたときだった。 「おや、枢木卿にヴァインベルグ卿じゃないか」 聞こえてきた穏やかな声に、スザクとジノは慌ててその場に膝を折った。 “シュナイゼル・エル・ブリタニア” どの星よりも巨大な星を守護し、彼こそ、聖冠の中でも天帝に一番近いとされる人物だ。 金色の輝く髪。 淡い紫の瞳は、優しさに満ち溢れている。 膝を折り、頭を下げる二人にシュナイゼルはゆったりと微笑みかける。 「二人とも、顔を上げなさい」 ゆっくりと顔を上げた先で、スザクは息を飲んだ。 微笑みを浮かべるシュナイゼルの姿に、ルルーシュの姿が重なった。 「二人とも、時間はあるかい?」 問われた意味が分からず、スザクとジノは顔を見合わせた。 ***** 向かった先は彼が管理する館の一つだった。 あたたかな陽射しが差し込むテラスに用意されたテーブルに、スザクとジノはいた。 目の前に座るシュナイゼルを困惑しながら見つめる。 その視線に気付いたシュナイゼルがティーカップを置き、にっこりと微笑む。 「急にすまなかったね。どうしても、君たちにお礼を言いたくてね」 「あの、お礼とは?」 スザクが問い掛ければ、シュナイゼルは、まるで愛しい人を見つめるかのように、庭に咲き誇る花々を見つめる。 「ルルーシュは、私の弟なのだよ。あの子を守ってくれて、感謝している。ありがとう、枢木卿」 「い、いえ。お守りするのが、僕たち流星の役目ですから」 スザクが答えれば、彼はますます笑みを深める。 スザクもジノも、向けられる微笑みに鼓動をはやめた。 聖冠は光だと言われるが、まさに彼はまばゆいばかりの光だ。 一瞬にして、スザクとジノを惹き付け、離さない。 彼が、次期天帝と呼ばれる理由を肌で感じた。 「君たちのことは、ルルーシュからいつも聞いているよ。 これからも、あの子のことを頼むよ。末永く、あの子を守ってほしい」 それは、優しい兄の姿だった。 ****** 二人がいなくなったテラスで、シュナイゼルは新たな紅茶を口にする。 傍に立つかつての流星は溜息をつき、主を見つめる。 「あの事をお伝えしなくてよろしかったのですか? シュナイゼル殿下」 そう問えば、軽やかな笑い声が響き渡る。 「気付かなかったのかい、カノン。枢木卿は、もう気付いているよ。だから、あの本を持っていたんだ」 ――星と流星にまつわる、始まりの書を。 カノンは、目を見張り、シュナイゼルを見つめる。 そして、浮かんだ結論に、頭を押さえる。 「殿下、あれは、持ち出しが禁じられた書物のはずですよ。何故あれが、一般の棚にあるのです?」 「さあ、どうしてだろうね」 くすくすと笑い続ける主を軽く睨み、カノンは祈った。 若い流星の先にあるのが、光ある道であることを――。 ふと足音が聞こえてカノンは背筋を伸ばし部屋の入口を見据える。 現れたのは長い黄緑色の少女である。 纏う純白のマントを翻し、颯爽と歩く姿は優美であり流石聖剣とでもいうのか。 天帝を護り、すべての星を見守るもの。 微笑みを浮かべてはいても、身が竦むほどの威圧を放っている。 カノンもまた、かつては流星であったが彼女の持つ力に震えが走る。 彼女の前ではたとえ流星が束になってかかろうとも赤子同然だろう。 それほど巨大な力。 彼女に敵うものがあるとすれば、伝説とも言われたあの閃光の妃だけであろう。 少女――CCはシュナイゼルの座る席の目の前で立ち止まった。 そして金色の瞳を細め、赤い唇を引き上げる。 「状況はどうだ?」 「ええ、あなたの予想通りですよ。――ああ、お借りしていた書物はあなたの言う通り、書物庫の棚に置いておきました」 主の言葉にカノンは目を瞠った。 まさか、すべて――。 その瞬間、シュナイゼルが他言無用とでも言うように視線を向けてきた。 カノンは震えだした口元を手で覆った。 「天帝にも困ったものだね。こんな回りくどいことはせずに、彼らに直接伝えればいいものを」 「それが出来るなら苦労はしないさ。――だが、伝えようがいまいと、スザクは動いただろう」 否――。 彼でなくともルルーシュという聖冠に出会ってしまったものは皆彼の持つ力に引き寄せられるだろうと彼女が囁く。 その声音は慈しみに溢れていた。 すべてのものを魅了する光を持つ稀なる聖冠。それがルルーシュだ。 「カノン、新しい時代の到来だよ」 それはすでに始まっていた。 新たに生まれた聖冠と彼に惹かれた流星が出会ったときからすでに歯車は回り始めていたのだから。 庭園の奥で紫色の花が咲き誇るのをカノンはただ見つめていた。 ****** 傷が癒え、ようやく星に降り立つことが出来たのはつい数日前のこと。 広がる大地に、ルルーシュはゆっくりと膝を折る。 触れた土は柔らかで、優しい。 再びここに戻って来られたことが本当に嬉しい。 先日の襲撃事件がきっかけで、ルルーシュは星と心を通わすことが出来るようになった。今も耳を擽る星の声に心が温かくなる。 ――もう、だいじょうぶ? ――いたくない? 今にも泣きそうな小さな子供の姿が目に浮かぶ。 ルルーシュは安心させる為にゆっくりと言葉を返した。 「俺は大丈夫だよ。みんなが助けてくれたから。 ほら、傷も治ったし、もう痛くないよ」 シャツの袖を捲り、傷がなくなったことを見せる。 襲撃を受けた時、撃たれた腕から溢れた血はこの産まれたての星に流れ落ちてしまった。驚いただろうし、怖かっただろう。 悲しい想いをさせてしまった。 それが心苦しくてたまらなくて泣いた夜はいくつあっただろう。 自分を聖冠として受け入れてくれたこの星が何より愛しい。 「ありがとう、俺はもう大丈夫」 歓声を上げる星の声にルルーシュは顔を綻ばせた。 無邪気で優しい生まれたての星。 これから、どんな姿に成長していくのだろうか。 楽しみでならない。 ふと、馴染みの空気を感じて顔を上げれば、ちょうどスザクが降りてくるところだった。 立ち上がり、スザクを迎える。 地面に降り立ったスザクは、人懐こい笑顔を浮かべ、ルルーシュに手を振る。 ルルーシュも微笑みを返した。 本当に不思議に思う。 スザクの顔を見るだけで、胸があたたかくなって、安心するのだ。 あの時も、スザクは自分を助けてくれた。 それに、はじめて逢った時も、彼は真っすぐな瞳で聖冠だと言ってくれた。 ――大切な人。 「スザク!」 「ルルーシュ!」 笑顔の彼に、ルルーシュは微笑んだ。 next |