そして、星と共に 7 いつもと同じ穏やかな時間が流れる。 ルルーシュの前に降り立ったスザクだったが、様子がいつもと違っていた。 いつも浮かべている笑顔は消え、ただ、じっとルルーシュを見つめる。 静かすぎるほどの静寂が辺りを覆う中、彼の名を呼ぶ。 「スザク?」 ルルーシュが問い掛ければ、微笑みが返ってくる。 いつも感じる胸が震える程の鼓動が嘘のように消えている。 頭の中で、警戒音が鳴り響く。 ――何かが、おかしかった。いつものスザクではない。 「スザク?」 再度問いかけても、彼は何も言わない。 ただ微笑むばかりだ。 それがルルーシュに言いようにない不安を与える。 もう一度彼を呼ぼうとした時だった。 「ごめんね、ルルーシュ」 スザクが自身の胸に手を伸ばす。 その手が胸へと吸い込まれる。 ルルーシュは目を見開いたまま、ただ立ち尽くしていた。 何が起ころうとしているのか、ルルーシュには分からなかった。 現れたのは、まばゆいばかりの光溢れる欠片。 スザクの手の平におさまるそれに、ルルーシュははっと息を飲む。 “星の欠片” 流星に命を与え、星と星を繋ぐことのできる唯一のもの。 星の欠片は、星が産まれた瞬間に零れ落ちた光だといわれる。 スザクの欠片から溢れる光は絶え間なく、輝きを放ち、存在感を示す。 「な、にをしてる。それは、それはお前の命そのものだろう!」 「うん」 「うん、じゃない! 分かっているなら、早く戻せ! じゃないと、お前は……」 ――死んでしまう。 口に出せば、それが現実になるようで、ルルーシュは口を閉ざした。 離れたくないと。 強く願っていた自分に、驚いた。 いつも傍で見ていたスザクの笑顔が、悲しみを含んでいるのにようやく気付いた。 スザク、と名前を呼ぼうとした瞬間、欠片が砕け散る。 砕け散った欠片が地に吸い込こまれ、消えてゆく。 「スザ、ク」 名を呼ぶ声が震えてしまう。 命の源が失せたというのに、スザクは微笑み続けている。 あたたかな翡翠の瞳で、ルルーシュを見つめる。 そしてスザクの大きな手がルルーシュの頬をゆっくりと滑る。 そのぬくもりが、あたたかくて、離したくなくて。 スザクの手に己の手を重ねた。 「ルルーシュ、忘れないで。僕は、何が在ろうと、君が好きだ」 「スザク……」 ルルーシュの中に溶け込んだ言葉に、胸が震える。 ああ、そうか、と。今更ながらに気付く。 スザクを離したくないとそう感じたのは――。 自分の胸にいつの間にか根付いていた気持ちにようやく気付いた。 「俺も、スザク」 「え?」 「――好きだ」 翡翠の瞳を丸くさせ、スザクがルルーシュを見つめる。 それも、すぐに満面の笑顔に変わる。 星の輝きに負けないほどの、ルルーシュが好きな笑顔を浮かべ、幸せそうに笑う。 「ありがとう、ルルーシュ」 微笑むスザクの姿が、徐々に消えてゆく。ルルーシュは目を見開いた。 「スザク駄目だ! 逝くな!」 伸ばした手が、スザクの身体を突き抜ける。 微笑むスザクが顔を寄せ、優しくルルーシュの唇に触れてゆく。 微かに感じたぬくもりを最後に、スザクの姿は消えていった。 「ッ! スザク!」 ルルーシュの悲しみに満ちた叫びが、響き渡る。 彼の悲しみに呼応するかのように、雨が降り始め静かに、静かに濡らしていった。 ****** 降り続ける雨は、止むことなく、七日七晩、地を濡らし続けた。 まるで、聖冠の痛みに同調するかのように、降り続いた。 そして、注いだ雨は、大きなうねりとなり、大地を削りはじめる。 荒れ狂う大波が大地を覆いつくし、厚い雲が光を閉ざす。 ようやく、新たな星に光が届いたのは、八日目の朝だった。 分厚い雲が淡い光を包みこむかのように、ゆっくりと空を映し出す。 一筋の光が届いた先にあったのは、彼方まで広がる広大な海だった。 次々と差し込む眩しい光を反射させ、産まれたばかりの海を碧く輝かせる。 ルルーシュはゆっくりと、立ち上がった。 濡れた髪が顔に張りつき、滴がうつむく先から落ちてゆく。 顔を上げたルルーシュの眼前に広がるのは、輝きはじめた星の新たな姿だ。 誰かに呼ばれた気がして振り返ると、飛び込んできたのは、大切なひとと同じ輝き。 たった一つだけ、芽をだした名も知らぬ双葉。 真っ直ぐと空に向かい、小さな背を精一杯伸ばす。 ルルーシュは崩れ落ちるように、双葉の傍に駆け寄った。 震えてしまう手を伸ばし、新たな命に触れる。 そっと、やわらかな葉は瑞々しく、優しい。 それは、愛しい人と同じぬくもりだった。 「スザク……」 涙が後から後から溢れだし、新たな命を濡らす。 スザクの命の欠片が、この星に溶け込んだ証だ。 どうして彼が、こんなことをしたのか。 ルルーシュにはまるで分からない。 ただただ、悲しくて、辛くて、淋しくて涙が止まらない。 嗚咽を溢し、最後に触れたぬくもりが胸をつく。 「ルルーシュ」 懐かしい声に顔を上げると、そこにはいつもと変わらぬ微笑みを浮かべた兄の姿があった。 「あに……うえ……?」 涙で濡れた顔で呟いたルルーシュに、シュナイゼルは困り顔でルルーシュの傍に膝を折った。 雨で濡れた黒髪をかき上げ、シュナイゼルの大きな手がルルーシュの頬を包み込む。 そのぬくもりが、スザクと重なりルルーシュは顔を歪める。 尊敬する兄の前で、情けない顔を晒すことなど出来ないと唇を噛みしめ、込み上げる涙を耐える。 「ルルーシュ、枢木卿が何故、あんな無茶な行動をしたと思う?」 「え……?」 シュナイゼルは、ルルーシュに語りかけるように、淡い紫の瞳を細め微笑む。 「彼は、君と共にありたかったのだよ」 零れんばかりにアメジストの瞳を見開いたルルーシュは、兄の言葉に唇を震わせた。 何か言おうと、口を動かしても、何も言葉が出ない。 その代わりに、堪えていた涙が零れ落ちてゆく。 声を殺し、肩を震わす彼をシュナイゼルが抱き締める。 優しく背中をすれば、嗚咽が零れ出す。 新たな命とともに、産まれたばかりの星は未来へと歩き始めようとしていた。 ****** ルルーシュが聖冠となり、あれからいくつもの日々が過ぎた。 ルルーシュが護り、導く星は他の星に負けない豊かな自然に溢れた星へと成長をとげた。 星を包むのは、青くひろがる海と、愛しい人と同じ緑溢れる大地だ。 鳥のさえずりがルルーシュの耳を擽る。 そっと右手を差し出せば、木に止まっていた小鳥が舞い降り、ルルーシュの手に止まる。 にっこりと微笑めば、くるくると顔を動かし、ルルーシュを見つめる。 目の前に伸びるのは、空一面に枝を広げる大樹。 生い茂る葉の隙間から光がもれ、チラチラと優しい光を地上に届ける。 まるで、優しく微笑む彼のようだ。 ルルーシュは沸き上がる愛しい想いに目を閉じた。 この星には、彼のぬくもりがあちらこちらに溢れていて、まるで抱き締められているように感じる。 「スザク」 ――共にありたいと。 彼が願ってくれたから、ルルーシュはこうして真っ直ぐ己が守護する星と、歩むことが出来る。 ここには、スザクのたくさんの想いが溢れているから。 「ルルーシュ!」 不意に声が届き、振り返れば、親しい友人が駈けてくる所だった。 「ジノ、アーニャ」 金色の髪と青い瞳を輝かせた元流星の青年と、同じく元流星の赤い瞳をした可愛らしい少女に、ルルーシュは微笑みを浮かべた。 スザクが星の欠片を手放した後、悲しみに暮れるルルーシュの傍にいたのは、彼らだった。二人にはどれだけ支えられたか。 ルルーシュにとって大切な友人たちだ。 「これ、ナナリー様からルル様にお土産」 淡々とした表情でアーニャが持っていた包みをルルーシュに差し出す。 「ありがとう」とルルーシュが言えば、その頬がほんのりと赤く染まる。 ルルーシュは目を細めた。 彼らは今、ルルーシュが守護する星の側を回る衛星の守護者だ。 ルルーシュを放ってはおけないと、力になりたいと天帝に直訴した結果だった。 守護者となる代わり、二人は流星の地位と星の欠片の一部を失った。 失った欠片は衛星の中に取り込まれ、今もこの星を見守っている。 あたたかな陽射しが、降り注ぐ。 幸せな、穏やかな空気が、ルルーシュを優しく包み込む。 新たな星は、ルルーシュのもとで、健やかに成長している。 ジノとアーニャのように、見守ってくれる人たちがいる。 でも――――。 それでも、足りないのだ。 心は、ずっと、彼を求めている。 ルルーシュの傍を、優しい風が吹き抜けた。 『ルルーシュ』 名を呼ばれた気がして、辺りを見回す。 木陰の中に視線を移したときだ。 木漏れ日がゆっくりと揺れ動く。葉がさんざめき。 そして、 見えたのは鮮やかな――翠。 「スザ、ク?」 木の傍に立つ青年の姿にルルーシュは目を見開いた。 茶色い癖毛も優しい翡翠の瞳も何もかも、あの時のままだ。 「やっと、逢えた」 彼がにこりと微笑む。 ルルーシュが好きだった笑顔そのままで。 「何、で……」 それ以上、言葉が出ない。身体が震えてしまう。 ルルーシュは呆然と見つめた。 彼が目の前にいることが信じられない。 それに困ったように苦笑いしたスザクはゆっくりとルルーシュに近づく。 目の前に来たスザクはあの時と同じように、ルルーシュの頬を包み込む。 「ようやく、僕の欠片とこの星が交ざりあった。これで、ずっと君といられる」 こつりと合わさった額から、じんわりと熱が伝わる。 伝わるぬくもりに、ルルーシュの瞳から涙が零れ落ちる。 「泣かないで、ルルーシュ。ずっと、君に逢いたかった」 スザクの腕がルルーシュを優しく包み込む。 顔を上げたルルーシュのもとに届くのは、翡翠のあたたかな眼差し――。 「もう、どこにも、行くな……」 大粒な涙を溢し続けるルルーシュに、スザクはそっと口付け誓う。 「この星と共に」 永遠に君の傍で。 愛する人の腕の中で、光の聖冠は幸せな笑顔を浮かべ微笑んだ。 ***** 闇は、光を生み出し、光は闇と共に。 かつて、光を自ら生み出す、もっとも豊かな星を護る聖冠がいた。 彼は多くの星を惹き付け、誰よりも愛された。 彼が心から愛した星は、豊かな緑と大いなる海に包まれた青き宝石。 その星の名は "地球" 今は誰も知らない、古きむかしのお話。 end |