「きゃあー!!ルルーシュ!!」 穏やかな昼さがり、ログハウスに突然響いたのは、甲高い声でした。 ソファーで丸まり、まどろんでいた黒猫姿の神様は飛び起きました。 逆立った背中に触れたのは、ほっそりとした手。 神様は目を丸くすると、自分を抱き上げた人物を見つめました。 「ユ、ユフィ!!」 「まあぁぁ!!なんて、可愛らしいのでしょう!」 神様の体を抱き上げ、柔らかな毛並みに頬ずりするのは桃色の髪の女性です。 ふわふわと長い髪が舞っています。 彼女は神様の母親違いの妹の一人なのでした。 名前をユーフェミアと言うのですが、親しい間の者たちにはユフィと言う愛称で呼ばれているのです。 「どうして、今まで見せて下さらなかったのです!!」 「見せる必要などないだろう?これは、人界の人々を驚かせないための仮の姿なのだから」 と、言いかけましたが彼女には聞こえていないようすです。 しきりに、神様の小さな体を抱き締めます。その力が予想以上に強いものだから、神様は涙目になりながら、青年の名を呼びました。 「ス、スザク!!助けてくれ!!」 中庭で洗濯を干していた青年の元に突然聞こえてきたのは、誰より大切な人の声でした。 何事かと驚いた青年は持っていた洗濯かごを放り出して、急いでログハウスに戻りました。 扉を開けた青年の目に飛び込んできたのは、今にも抱き潰されそうな主と桃色の髪のお姫様でした。 「ル、ルルーシュ様?」 ぽかん、と口を開け、青年は立ちつくしました。 「もおぉ!!なんて可愛らしいのかしら !!」 桃色のお姫様は満面の笑みで、黒猫―この森の神様であり、青年にとって大切な人のふかふかな額に何度もキスを繰り返しています。その度にぴんと立った耳がぴくぴくと震えます。 青年の顔から血の気が引いてゆきました。 「なんて小さな手なのでしょう!ふふふ、肉球は私と同じピンク色なのですね。想像以上に柔らかいですわ!」 尻尾の先までカチカチに固まっている神様の、ほっそりとした前足を人差し指で楽しげにつついています。 ふにふにと柔らかい肉球に、よほど嬉しいのか彼女の頬がピンク色に染まっています。 神様の滑らかな毛並みが逆立っているのに気づくと青年は、慌てて桃色のお姫様から神様を抱き上げました。 「ほわ!!ス、スザク!!」 驚いた声を上げた神様でしたが、先ほどまで固まっていた身体から力が抜けたことに、青年は安堵しました。 けれど、きつく睨む視線に溜息をつきました。 「何をなさるのです!スザク!」 「それはこちらのセリフです!ルルーシュ様が驚いていましたので、僭越ながら私がお助けしたまでです!」 むっと頬を膨らませ、睨む桃色のお姫様に青年はがっくりと肩を落としました。 こうなると彼女は絶対に引きません。 青年は溜息を一つ吐きました。 「今日はどうなさったのです?」 問いかけ方が間違っていたのか、彼女はますます頬を膨らませます。 「スザク、それはわざとですか?私、言いましたよね。名前で呼んで下さい、と。それと、今は私だけなのですから、敬語はなしですわ」 にっこり微笑む彼女に、青年は困り顔で言いました。 「わかったよ、ユフィ。これでいいかい?」 「ええ!もちろんです」 青年がユフィと名前を呼んだ瞬間、神様の体がぴくりと揺れました。 しかし、青年は気づきません。 「それで、今日はどうしたの?」 そう問いかけるとユフィの淡い紫の瞳が輝きだします。 「そうでしたわ!今日はこれをお渡ししたくてこちらにお邪魔したのです」 にっこりと笑った彼女が差し出したのは、綺麗な紫色のグラデーションがかかったラッピングに包まれた長方形の箱でした。 「今日は、バレンタインですから」 青年の手に手渡されたチョコを残し、来た時と同じように突然姿を消しました。 残されたのは呆けた顔をした青年と眉間に皺を寄せた神様でした。 「相変わらず、突然ですね」 溜息とともに零れ落ちたのは、苦笑いでした。 返ってくると思っていた返事がなくて、ようやく神様の様子がおかしいことに気付きました。 「ルルーシュ様?」 名を呼んでも、体を丸めたきり、動こうとしません。 困惑した青年が恐る恐る神様のお腹を撫でると、聞こえてきたのは低い唸り声でした。 どうすればいいか分からなくて、青年は思い切って問いかけました。 「あの、ルルーシュ様の気に触れるようなことを何かしてしまいましたか?」 ぴくんと形のいい耳がふるりと震えました。青年は小さな体を抱き締めたまま、神様からの返答を辛抱強く待ちました。 どれほどそうしていたでしょう。 青年の耳に小さな声が聞こえてきました。 「チョコ…、よかったな」 「え?」 まるまる神様の背中がしょんぼりとしていて、青年はようやく神様が拗ねているのだと気付きました。 それは、きっと、さきほどのチョコが原因でしょう。 拗ねる神様の姿があまりにも可愛らしいので、青年はくすりとほほ笑みました。 ぴくりと、神様の片耳が動きました。 そうして聞こえてきたのは不機嫌な声です。 「何だ…」 青年はふっと息を吐き出し、気持ちを落ち着かせると神様の綺麗なアメジストを真っ直ぐ見つめました。 「このチョコ、僕宛てではなく、ルルーシュ様にですよ」 箱の上部に添えられていたカードに書かれていたのは、神様の名。 その瞬間、神様の真っ黒な毛が尻尾の先までぶるり震えました。 神様の小さな顔が、ほのかに赤く染まっているように見えて、青年はくすりと笑いました。 胸に湧き上がる愛しさに、青年は神様の額に口づけます。神様の体が震えました。 「僕のチョコは、ルルーシュ様が下さるのですよね?」 「…ッうるさい!!」 ログハウスに、賑やかな笑い声が響きました。 end |