森の小さな神様

□ホワイトデーの贈り物
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ふわふわと緩やかな波に身をゆだねるように、青年は心地よいまどろみの中にいました。

先ほどまで、庭の手入れをしていたのですが、雪が解けた土から顔を出していたのは小さなとんがり帽子を被ったフキノトウでした。
春の香りを運ぶ新しい命を森から少しだけ分けてもらい、ログハウスに戻ったのは少し前のことです。

戻った部屋の中には、神様の姿はなく、いつも火が灯っていた暖炉から、ぬくもりは消え、ひっそりと冷たい家具が並ぶばかりです。
いつも「おかえり」と聞こえてくる少し低い声が、青年は恋しくてなりませんでした。





神様からしばらく出かけるとの言葉を聞いたのは、今朝のことでした。
珍しく、元の姿に戻っていた神様は起きたばかりの青年の鼓動を急激にはやめました。

神様の姿を見るのは、どれほどぶりでしょうか。

朝露に濡れたなめらかな黒髪と、光をあつめる絹の肌は青年の視線を離して止みません。

そしてなにより心躍るのは、透過した太陽までも霞むアメジストの輝きです。
すべてのパーツが完璧なまでにぴたりとはまり、微笑む姿は眩しい光そのもので、青年の心を乱してゆくのです。


ふと、甘い香りがして、青年は意識が目覚め始めることに気付きました。
自分のすぐそばで、芳しい、いえ、香ばしいにおいでしょうか。

ぐう、とお腹が鳴った瞬間、青年は目を開けました。

「あれ…」

青年は首を傾げました。

確か自分はソファーで横になっていたはずでしたが、胸の上に感じるのは暖かいぬくもりです。
ブランケットを持ってきた記憶はなかったのです。
そっと顔を上げると、見えた光景に息を飲んだのでした。
自分の胸の上で、健やかな寝息を立てていたのは、神様でした。

「え…、ルルーシュ様?」

驚きました。やわらかな髪が顔にかかり、青年を擽ります。
その感触が心地よくて、くすりと笑いました。
青年が笑ったためか、神様の眉間に皺が寄りました。
青年は慌てて口を噤みます。
しばらくじっとしていると、青年の胸に身を委ねたまま、おだやかな寝息が聞こえてきました。
眠る神様は、見ているこちらまで嬉しくなるほど、優しい微笑みを浮かべています。

青年は神様を起こさないように、ゆっくりと息を吐きました。

その時、耳元でカサリと紙が擦れる音がして、青年は首を傾げました。
なるべく神様に振動を与えないように、腕を伸ばし耳元を探ります。
固い、角ばった感触を持ちあげると、手の平におさまっていたのは小さな箱でした。

「これ…」

赤いリボンの合間から、ふわりと香るのはバターたっぷりのビスケットでしょうか。
淡い若葉の色をしたレースに包まれています。
まるで、青年の瞳のようです。
添えられてあったのは、青年の名を載せた小さなカード。

神様からの贈り物の理由が分からなくて、青年は首を傾げました。
今日は、ホワイトデーです。
バレンタインに神様からチョコを貰った青年は、神様へのお返しにカレンに頼んで料理を教えてもらい、今晩御馳走するつもりだったのです。

「ルルーシュ様…?」

青年が神様を見つめると、神様が微笑みを浮かべ呟きました。

「…スザク…」


青年の胸に擦り寄る姿が幸せそうで、青年も微笑みました。
プレゼントの理由よりも、今は神様とともに眠ろうと思いました。

じんわりと伝わる、あたたかいぬくもりに青年は一つあくびを零しました。


春は、もうすぐそこです。



end

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