転生もの

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息を飲む二人をよそに、ミレイの手がインターホンに伸びる。リヴァルが止める前に、閉じていた門が開く。呆気に取られる三人の前に現れたのは、袴を来た青年だった。茶色い癖毛に、珍しい翡翠の瞳。ミレイより頭一つ高い彼は、穏やかに微笑みを浮かべている。


「どちら様でしょうか?」


「あの、私たちは、この近くにあるアッシュフォード新聞社日本支部に勤めるものです」


さっとミレイが名刺を差し出せば、リヴァルとジノも青年に名を告げる。


「あの、是非ともお伺いしたいことがありまして」


ミレイがバックに手を伸ばしたと同時に、青年が口を開いた。


「それは、手紙のことですか?」


淡い微笑みを浮かべた青年は、真剣な眼差しをしていた。







青年の案内より屋敷の中へと足を踏み入れる。外から見ても広いと感じたが、中に足を踏み入れると、そこには立派な庭園が広がっていた。バランスよく植えられた木々が奥にある屋敷まで並び、等間隔に石の灯籠がひっそりと立っている。
青年の案内て通された和室から見えるのは、ししおどしがそえられてある池だ。朱色の橋が架けられ、そこから庭園を楽しむことが出来るようだ。
竹の響く音か、静かな屋敷に心地よいさざ波を起こす。屋敷に勤める妙齢の女性が差し出すお茶に軽く会釈を返せば、微かな微笑みが返ってきた。
出されたお茶で口を湿らせたミレイは、バックから封筒を取出し、机の上に置いた。そして、目の前に座った青年を真っ直ぐ見つめる。


「率直にお伺いします。この手紙を出したのは、貴方なんですね」


「ええ、それは私が出したものです」


「何故と問い掛けても?」


「構いませんよ」


言葉を濁すことなくはっきりと問うミレイに、青年は軽く笑った。
そして、懐かしむように手紙を見つめる。


「この手紙は、わが家に代々伝わってきたもの。失礼ですが、内容はお読みになりましたか?」


「ええ、確実に読めたかと言えば嘘になりますが、大体の内容は。大学で日本文学を学びましたので」


告げたミレイに、青年は顔を綻ばせ、嬉しそうに何度も頷いた。


「とても優秀な方なのですね。お恥ずかしながら、今の日本人でも、おそらくこの手紙を読むことは出来ないでしょう」


「いえ、そんなことはありません」


謙遜する彼女に青年は静かに問い掛けた。


「貴女は、この手紙を読んでどう思いましたか?」


「え?」


「この手紙は確かに、我が一族の祖先が書いたもの。世に知られることもなくひっそりと受け継いできました。でも、あの論文と皇帝ルルーシュの日記が世に出された今、それでいいのかと疑問に思いました。この手紙は、自分たちが持つものなのか、と」


「どういう意味ですか?」


青年は手紙から視線を外すと、縁側から見える空を見つめた。


「この手紙は、きっと祖先の偽りない想いの証だと思うのです。だから、届けたいと思った。彼の皇帝のもとへ」


ゆっくりとミレイに視線を戻した彼は、少しだけ泣いてるように見えた。


「貴方なら、必ず届けてくれると信じています。論文の提出者、ルルーシュ・ランペルージの幼なじみである貴女なら」


にっこりと微笑み、告げられた言葉に声を上げたのは、ミレイの後輩二人だった。







****







屋敷を後にしてすぐ、ミレイは空港へと向かった。
後輩二人からの質問攻めを何とか交わせたのは、ひとえに彼女の達者な口ゆえだ。
通りすぎる人々は何事かと、ミレイを見ているが彼女は先ほどのことで頭がいっぱいのせいで気付きはしない。


「あの男〜〜!!可愛い顔して、卑怯な!!」


口から飛び出すのは、沸き上がる行き場のない苛立ちである。 どうやら、はめられたらしいと理解する。あの青年は、始めからミレイのことを知っていて、手紙を出したのだ。それも、旧ブリタニア帝国の家系を組むランペルージ家と古くから親しい間柄であるアッシュフォードなら、この手紙に興味を惹かれるであろうことを、あの青年は予想していたということだ。
彼が発した言葉から推測するとつまり、ルルーシュと己の間柄まで知っていたということになる。
彼の予想通り、ミレイは興味を惹かれ、手紙の差出人を探し、今にいたる。


「あーもー!!ムカつく!!腹立つ!!あいつの思い通りに動いた私に腹立つ!!!こうなったら、とことんあいつの予想通りに動いてやろうじゃない!」


取りだした携帯を開き、通話ボタンを押す。鳴り響く呼び出し音にさえ、苛立つ。
繋がったと同時に怒鳴り声を上げる。


「編集長、急用が出来ましたので、ミレイ・アッシュフォードは明日まで休みます!!・・・え?給料天引き?どうぞお好きに!!それでは失礼します!!」


ふんと携帯をへし折る勢いで画面を閉じる。
目的は、手紙の宛先である。





**






生まれ故郷であるブリタニアに戻ってくるのは、一年ぶりだろう。日本で会社を起こした祖父についてきたミレイは、一年の殆どを日本で過ごす。懐かしい想いで故郷の土を踏む。
空港からすぐにタクシーに乗りこんだ。目的の先であるランペルージ家は、首都から少し離れた位置にある。彼ら一族は街並みの賑わいを嫌い、静かな場所を好む者が多い。今の当主もその一人だ。
ようやく到着した門の前で、ミレイはタクシーを下りた。何度も訪れたことのあるミレイにとって、この屋敷は自身の家と同じくらいに居心地がよい。
玄関の前に来たミレイは大きく息を吸い込むと、声を上げた。


「たのもーー!!!!」


声の続く限り叫べば、勢いよく扉が開く。肩を震わせ顔を覗かせた馴染みの少年に、ミレイは笑いかける。

「よ!久しぶり〜。元気だったルルーシュ?」


今年の春に当主となったばかりの少年は、よほど急いで来たのだろう。黒髪を乱し息を切らしている。
宝石と名高いアメジストの瞳を吊り上げ、ミレイを睨みつめる。


「突然来たと思えば奇声を上げて!!いつも言っているが、普通に来い!」


「あっはは〜!だって、ちょっとむしゃくしゃしちゃって!あ、元気だった?ロロとナナちゃんも元気〜?」


あははと笑えば、深い溜息が返ってくる。


「皆、元気だ。ミレイ、来るなとは言わないが、もういい大人なんだから、少しは落ち着いてくれ」


腕を組み、うなだれるルルーシュに、ミレイはごめんといいつつ笑う。


「悪いけど、たぶん一生変わんないと思うわ」


「それで、今日はどうした?」


さっきまでの表情から一転して、真剣な面持ちでミレイを見る。
心配な顔をして自分を見つめる幾分も年下な少年は、人の感情に機敏だ。きっと何時もと違うことをいち早く感じているのだろう。
ミレイは目を細めた。


「別に心配することは何もないわ。ただ、お祝いに来たのよ」


「え・・・?」


背中に隠しておいた一本のバラを差し出せば、ルルーシュはアメジストの瞳を丸くさせた。


「遅くなったけど十九歳の誕生日、おめでとう。そして、こっちは貴方の御先祖様へ」


あの青年からの手紙をそっと差し出す。
戸惑いながら手紙を受け取ったルルーシュが、真っ白な封筒を見つめる。開けてみて、と促すとゆっくりとした動作で中のくすんだ茶色い便箋を開く。


「貴方、日本語読めるでしょ?」


ルルーシュの顔が驚きに変わり、そしてくしゃりと顔を歪める。


「皇帝ルルーシュの騎士枢木スザクからのラブレター、確かに届けたわよ」


ミレイの言葉が終わる前に、ルルーシュは駆け出していた。慌ててミレイは呼び止める。


「ちょっと!!どこ行くの!!」

「ちょっと、日本まで!!」


辛うじて聞こえてきた返事に、ミレイは呆気に取られる。が、すぐに肩を竦めると屋敷の中に入る。
取り残された気がするが、不思議と気分がいい。それは、きっと、駆け出したルルーシュの顔を見たからだ。今にも泣き出しそうでいて、幸せそうに笑っていた。


「さぁて、ワインでも頂こうかしら」








****







しんと静まり返った和室の中で、こん、と竹の音が響く。
怒りの表情を隠すこともなく帰っていった彼らは、翡翠の瞳の青年にとってかつての知己である。手紙を差し出した彼女は、以前と変わらず好奇心旺盛のようだ。


「朱雀様?どうかなさいましたか?」


黒髪でメイド服に身を包んだ使用人の一人である咲世子が、茶器を片付けながら問い掛ける。
朱雀は、庭に目をやり微笑む。


「とても、懐かしいことを思い出したんだ」


「左様でございますか」


それ以上、彼女は何も言わず、朱雀も何も言わない。
遥か昔、己が書いた物が今だに残っているとは思わなかった。
今更、あの手紙を世に出すつもりはなかったが、あの論文が発表されて思ったのだ。
彼は、己自身を許したのではないか、と。たとえ、彼に記憶が無かったとしても、世界は悪逆皇帝の心を知った。ならば、スザクが秘していたあの手紙の想いも解き放ってしまってもよいのではないかと思った。
場所は違えど同じ時間を再び生きることができた。それが、嬉しかったのかもしれない。
けれども、再び会うつもりはない。会う資格を持ってはいない。
たがら、朱雀は彼女に託した。すべての想いを込めたあの手紙を。


「幸せに、ルルーシュ」


小さな声は、空の奥に吸い込まれていった。



Happy Birthday!Lelouch!



END

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