「スザ、ク?」 唇を離すと、呆けた顔をしたルルーシュがいた。手紙を出した後、彼が尋ねてくる可能性も考えたが、まさか本当になるとは思わなかった。ルルーシュに記憶があるならば、あの論文を。真実を語ることなど絶対にないとスザクは確信していた。だから、彼の言葉を聞いた瞬間、耳を疑った。 だから、賭けに出た。 本当に己の知るルルーシュならば、何かしら反応を返してくれると。そう信じて。 相変わらずきれいな紫水晶の瞳が眩しく映る。膝の上にのせたルルーシュの温もりが直に伝わってくる。 瞬きを繰り返す瞼にちゅっとキスを落とせば、顔が真っ赤に染まった。 「そんな可愛い顔しないでよ」 「な!!馬鹿!放せ!」 暴れるルルーシュを抱き締め、にこにこと笑う。 「逢いたかった。好きだよ、ルルーシュ。今も昔も、君だけを愛している」 少し声のトーンを落とし、彼のかたちのいい耳に吹き込めば、ぎゅっと目を閉じてしまう。きれいな紫の瞳が見えなくなって残念だが、ぴくんと身体を震わせた細い肢体を深く抱き締める。 本当は、伝えるつもりはなかった。生涯秘してゆくと決めた心は、彼を見た瞬間消え失せてしまった。 門の前に立ち尽くす姿に、目が離せなくなった。記憶にあった姿と寸分も変わらぬ自身の愛した人がいたのだ。秘めていた想いを止めることなど、誰が出来るというのか。 頬を包み込めば、恥ずかしそうにさらに顔を背ける。 「スザク……、本当にスザク、なのか?」 戸惑いながら呟く彼にそうだと頷いて見せる。それでも、まだ信じられない様子でスザクを窺っている。その様子がたまらなく可愛い。 艶やかな黒髪に手を通せば、ふわりと甘い香りが鼻腔を擽った。 「あの論文、君が書いたんだね」 頬に、鼻に、唇に軽く触れるだけのキスを落とせば、それだけで甘い声が返ってくる。その声が心地よくて、止まらなくなる。 「……ん、あ、そう、だ」 擽ったいと、彼が身体を揺らす。 「どうして、発表しようと思ったの?」 疑問に思っていたことを問えば、潤んだ瞳がスザクに注がれた。 「今年の春に亡くなった祖父の、願いだったんだ。」 神聖ブリタニア帝国の流れをくむ彼の一族は、遥か昔から悪逆皇帝の名を憂い、名を返上を密にもくろみ続けていたという。ルルーシュがそれを知ったのは十五のときだったが、それと同時に見せられた日記ですべてを思い出したそうだ。 そして、育ての親ともいう祖父が亡くなる直前、心を決めたそうだ。世に論文を出し、かの悪逆皇帝の名を返上しようと。 それは、どれほどの決意だっただろう。スザクは、腕の中にいるルルーシュを抱き締めた。 「そっか、君らしいね」 「スザクは、いつ、記憶が戻ったんだ?」 「大学の時、古い蔵から手紙を見つけたんだ。本当は、君に会うつもりはなかったんだ」 どうして、とアメジストの双眸が問いかけてくる。あの時より、幾分か成長した姿だが、それでも自分よりも年下な彼が愛しい。 すこしだけ悲しそうに、俯く。スザクは宥めるために、今度は額にキスを落とした。 以前の彼とは違い、素直に感情を見せる様子に目を細めた。 「君に逢いたくないとか、嫌いだとかじゃないよ。僕が過去の記憶を思い出したとしても、君もそうだとは限らないし、あの時のことを思い出さない方が、幸せなんじゃないかと思ったんだ、ごめん」 スザクがそう言えば、ルルーシュはむっと口を尖らせた。そして、眉を下げたスザクの頬を抓る。 「痛いよ、ルルーシュ」 「この、馬鹿」 「懐かしいね、それ」 「俺だって……今も昔も、お前がいないと幸せになれない」 傍にいてほしい、と小さな声が耳に届き、ルルーシュの頬が濡れてゆく。スザクは目を見開き、彼を見つめた。 「いいの……?君の側にいて」 「馬鹿、お前がいないと始まらないんだよ。……俺も、好きだ」 首に腕を回し、あと数センチで唇が触れあう位置でルルーシュが笑う。昔と同じように、照れながらも綺麗な笑みを浮かべている。 こんなにも美しい彼を自分は手にかけ、貶めた。それを思うと、胸がずきりと痛みだす。 それでも、今、目の前に愛する人がいる。手を伸ばせば、温もりに触れること出来る。だから、今だけは、忘れさせてほしいと、心の中で願った。 「キスしていい?」 問いかければ、ルルーシュの顔がさらに赤みを増し、首まで染まる。 「さっきしただろ?」 「あれだけじゃ、足りないよ」 そう言えばくっと、眉間に皺を寄せる姿さえもが、可愛く見えてしまう。そんな自身に笑いが込み上げてくる。 あの時、今よりもずっと昔の自分もまた、彼を想っていた。けれど、その想いを届けることは叶わなかった。今、こうして時を超えて再び出会えて奇跡に感謝したいとスザクは素直に思った。 微かな頷きが返ってきたのを確認すると、スザクは赤い唇に自分のそれをゆっくりと重ね合わせた。 今度は触れるだけではなく、ルルーシュにすべてを刻みこむように、深く角度を変え、舌を絡ませ、彼を味わう。怯えて逃げ出す舌を宥め、咥内を擽れば熱を帯びた吐息と艶を帯びた声が漏れていく。 そして力の抜けた細い肢体を畳に押し倒した。足の間に感じる固い感触。彼が反応している証に、スザクは笑んだ。 「スザ……、な、に?」 息を上げたルルーシュが困惑して見上げてくる。赤く染まった目尻に唇を寄せ、そっと触れる。それだけで、彼の体がぴくんと大げさなほど跳ねた。 不安気に揺れるアメジストを真っ直ぐ覗きこみ、呟きを返す。 「ルルーシュを抱きたい」 ずっと堪えてきた気持ちが、溢れ出している。もう、止められない。 囁いた言葉が熱を帯びているのが、自分でもわかる。 アメジストの瞳が大きく揺らいだ。 next |