ギアス短編
□Fake
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キスをしようとして、ふと目に入ったのは、赤いワンピースだった。ショーウィンドウに映った彼女の姿に重なる。
「こら!!」
「いって…」
ぎゅっと突然感じた痛みに顔をしかめる。
鼻をつままれ、彼女を見れば拗ねた顔をして僕を見ていた。
「目の前に恋人がいるというのに、他の女を見るとは。なかなかいい度胸をしているな、朱雀」
長い黄緑色の髪をかきあげ、彼女が言う。ぐっと襟元を掴まれ、彼女が僕にささやく。
「ほかの女が目に入らないように、溺れさせてやろうか?」
赤い唇を三日月のように歪め、彼女が不敵に笑う。そんな強気な姿に僕は惹かれた。
少し機嫌を損ねた彼女に軽くキスをして、ショーウィンドウを指差す。
「あれ、君に似合うと思ってさ」
僕の指を追った彼女が嬉しそうに笑った。
***
「別れてほしい」
お互いの仕事が忙しくて、すれ違っていた彼女と久しぶりに会えたのは、じつに二週間ぶりのことだった。
いつものカフェで待っていた僕の前に現れた彼女は、あの時の赤いワンピースを着て僕の前に座った。
いつも真っすぐ前を見据えている彼女が、微かに俯き、僕から視線を逸らす。
「どうして!」
「別に意味はない。飽きただけさ」
ようやく顔を上げた彼女は、僕を見ることなく窓の外、通り行く人々を見やる。
ほっそりとした手で下したままの髪を弄る。指に巻きつけ、そして、繰り返す。
彼女が嘘をつくときの癖だ。
僕は震えだしそうな手をコーヒーカップを掴むことで誤魔化す。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「違う」
「しつこい!違わないと言っているだろう!」
だん、とテーブルを叩いた彼女の瞳が揺れていた。
僕の体の中に冷たいものが流れた。彼女が怒りをあらわにしているのに、やけに冷静な自分がいた。
「君が声を荒げるときは何かを誤魔化すときだ」
どうしても抑えきれない苛立ちが彼女に向けて冷たい言葉を吐く。
彼女の顔が微かにひきつり、沈黙がおちる。
もう、終わりなのだと、嫌でもわかる。
「相変わらず、優柔不断なことだな」
突然聞こえてきた声に体が震える。
嘘だ。嘘なんだと繰り返しつぶやくけれど、彼女の隣に座った男に絶望感がわき上がる。
ダークグレーの上質なスーツを着こなし、彼女の肩を見せつけるように抱く男。
僕がこの世で一番嫌いな人間であり、憎しみさえも抱くこの男は、僕のかつての親友だった。
「ルルーシュ、君か」
睨みつけると、紫色の目を猫のように細め、唇の端を上げ笑う。その笑いに嫌悪がわくほど不快になる。
「いい加減、あきらめたらどうだ?彼女は別れたがっているんだよ」
ふんと小馬鹿にしたように奴が言い放つ。彼女に触れるその仕草で、二人の関係が嫌でもわかる。
「寝たのか?」
震え始めた体を拳を握りしめることで耐える。
聞こえてきたのは、笑い声だった。
「だったらどうだと言うんだ」
「お前!!」
目の前で涼しい顔して煙草に手を伸ばす目の前の男の胸倉をつかみ、勢いのまま殴り倒す。ガチャン、と静かな店内に不似合いなほど大きな音を立て、殴った体が転がる。
「ルルーシュ!」
彼女が顔色を変えて、奴を抱き起こす。それがさらに苛立つ。
心配している彼女を突き飛ばして殴りかかれば、あちこちから悲鳴が上がる。
でも、そんなことなど、どうでもよかった。ただ、目の前のこの男が憎くて憎くて仕方なかった。
「お前、彼女はどうした!?」
口から血を流した奴の胸倉を揺さぶれば、うめき声と共に唾を顔に吐きかけられた。
それと同時に、腹に衝撃を感じて呻く。
息がつまりそうな感覚に蹴られたのだと理解すれば、ますます怒りがわき上がる。
「は!あの女なら、一週間で別れたさ。あんなつまらない女と、よく二年も続いたな。尊敬するよ、俺は」
口元の血を袖で拭い、立ち上がった奴はそんな言葉を僕に向けてはいた。
「お前がそれを言うのか!?僕から奪ったのは、お前だろう!ルルーシュ!!」
前に付き合っていた彼女たちを、目の前の男は平然と奪っていった。また、奪うというのか?
いつもいつも、奴は僕の大切な人を奪っていく。
「朱雀、もう、やめてくれ」
そうして、いつも懇願するのは、彼女たちだ。
やめてくれと、奴を庇う。もう、どうしようもないのだと彼女の瞳が言っている。
「…分かった……、別れよう」
店の従業員に取り押さえられた僕に、彼女が呟く。
「朱雀、お前はいつだって、私を見てくれてはいなかったよ・・」
パトカーのサイレンが店の前で止まる。
もう、彼女を見ることは出来なかった。
***
「よかったのか、これで」
照明を落としたベッドルームで、女が言った。
広いダブルベッドに腰かけた俺は、深く息を吐いた。
「お前には関係ないだろう」
女がさきほど受けた傷を手当していくたびに、消毒液のにおいと痛みで顔をしかめる。
泣くこともなく、淡々と治療する女の態度が腹立たしくて、乱暴にベッドに引き倒す。
女は抵抗することなく、俺の下にいる。それが益々腹立たしかった。
だから、力任せに着ていた服を裂き、あらわれた肌を弄る。
「泣かないのか?」
「泣いてほしかったのか?」
女は声を上げることもなく、ただじっと俺を見つめてくる。思わず顔をしかめていた。
その目に抱く気力が失せて、女の隣に寝転がる。
「泣きたいのは、お前なんじゃないのか?違うか、ルルーシュ。お前が本当に欲しいのは私でも、朱雀の元カノでもなく、あいつ自身なのだろう?」
聞こえてきた声に背中を向け、耳をふさぐ。
湧き上がる苦い想いを深く飲み込み、目を閉じた。
End