ギアス短編

□漣が聞こえる 
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時計の針がまた一つ時間を刻む。
しんと静まり返った部屋の中では、もはや書類を捲る音など聞こえはしない。
スザクは目を細めた。

机に伏したまま眠りに落ちたルルーシュに近づく。
咲世子は指示通り、預けておいた睡眠薬入りの紅茶を彼に差し出した。
警戒心の強いルルーシュが気付かず飲み干したのだから、ロイドの作った睡眠薬には称賛の一言であるとスザクは素直に思った。
それは、味も香りも変化させることなく紅茶に紛れ込み、ルルーシュを眠りに誘った。

ルルーシュの寝顔をそっと覗きこむ。
白く滑らかであった肌は青白く、指で触れると、荒れた感触がして眉を寄せる。
もっと早く、無理にでも眠らせればよかったと後悔がよぎる。
ツキン、と胸が痛んでスザクは胸元を押さえた。

「ルルーシュ…」

いつからか、分らないが、ときおり今のように胸に痛みが走る。
それが何を意味するのか、スザクはとうの昔に気付いていた。
けれど、口に出してはならないものだと自身を戒める。
堪えれば堪えるほどに、胸の奥から熱が湧き上がってくる。
噛みしめた唇が震えだし、気づけば眠るルルーシュを抱き締めていた。

ふわりと香る彼のにおい。
それは、ともに笑い合っていたころと何も変わっていない。
確かに、己は彼を好いていた。
それは、友愛でも親愛でもなくルルーシュという一人の人間をスザクは愛していたのだ。いや、今もそれは変わらない。
彼は、破壊を生み出す反逆者であり、スザクの主を彼と血を同じくする兄弟を手にかけた非道な殺人者であり、決して許してはならない存在である。

彼が己の知る彼ではなくなっているならば、スザクは迷うことなく反逆者として打ち取ることが出来る。
だが、どんなに穢れ、血に濡れたとしても彼の清らかで、優しい本質は何ひとつとして変わらない。
だから、スザクは言いようのない苛立ちに苛まれるのだ。
嫌いになれたなら、心の底から憎むことが出来たならば、どれほどよかっただろう。
それでも、彼への想いを捨てきれないのだ。いまだに、思い続ける自分がいる。
可笑しくて、情けなくて、苦しくて、憎くて、それでもルルーシュを愛しているのだ。
その矛盾が毎夜スザクの体に熱をともす。

「ルルーシュ、何故君は拒まない」

ルルーシュの艶やかな髪を梳き、口づけを落とす。
拒まないのではなく、拒めないのだとスザクも分かっている。
それは、己に対しての罪悪感であり、罪滅ぼしでもあるのかもしれない。
それが、スザクの苛立ちを助長させ、結果、彼を酷く冷たく抱くことに繋がっている。
それが、苦しい。だから、ロイドに頼んだのだ。

「ごめん、ルルーシュ。僕はこういう愛し方しか出来ないんだ。許してほしいとは、決して言わない。だけど、僕は君を愛してる」

意識のないルルーシュに語りかける。そして、彼の体を抱きあげた。

「その言葉、そいつが起きているときに言ってやればいいだろう?そうすれば、尻尾振って喜ぶだろうよ」

突然聞こえてきた声にスザクは露骨に顔をしかめた。
そして、声の主をきつく睨みつける。
扉に背を合わせ、彼女がくすりと笑う。

「C.C.、悪いが君の意見は聞いていない。邪魔だ、今すぐ出ていてくれ。これから陛下はお休みになられる」

視線をすぐにそらし、彼女の背を向け冷たく言い放った。
だが、聞こえてきたのは笑い声だった。

「は!抱く、の間違いだろ?お前はいつまでルルーシュを抱き続けるつもりだ。愛をささやくわけでもなく、ただの性欲処理のままで。そいつがどれだけ傷ついていると思う?」

「君には関係ないだろう」

「ああ、関係ないさ、だが、もうすぐルルーシュは死ぬ。お前が殺すんだ」

その言葉が聞こえた瞬間、スザクの体が大袈裟なほど震えた。
ルルーシュを抱く腕に力がこもる。

「スザク、愛しているのだろう?ルルーシュを。このままで、本当にいいのか?過ぎた時間は戻りはしないぞ」

C.C.が静かにささやく。それが、やけに胸に深く突き刺さる。
それ以上聞いていられなくて、ルルーシュの寝室に向い歩き始めた。



***


サイドテーブルに灯る淡い光が、暗い部屋の中に二人の影を落とす。
スザクはルルーシュをベッドに寝かすと、そっと息を吐いた。

C.C.の言葉が耳に残って離れない。彼女の言いたいことは分かっている。
ルルーシュを傷つけていることも、己自身を追い詰めていることも分かっている。
だが、心の中で何度想ってもルルーシュの顔を見れば、出てくる言葉は冷たいものに変わってしまう。
それが、情けなくてたまらなくて、スザクはくしゃりと髪を掻き回した。

今からする行動は最低のことだと理解している。
しているが、もうどうしようもないのだ。こうするしか、ルルーシュを愛する方法を見つけられない。

スザクはもう一度息を吐き、気持ちを落ち着かせると起きる気配の見せないルルーシュに手を伸ばした。
ゆっくりと彼が身に着けている服に手をかけ、前を肌蹴ていく。
現れた真っ白な肌に息をのむ。伸ばした手が震える。

幾度も、ルルーシュの体を抱いているが、彼の肌を直に見るのは初めてのことだった。 
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