月明かりが降り注ぐ中、スザクは泣き続けた。 すべての感情を出し切るように、ただ、ひたすら。 その背をルルーシュは優しく擦る。肩に顔を埋めた茶色の癖毛に手を伸ばし、優しく撫でる。 ようやく泣き止んだスザクが顔を上げると、頬に残る涙をぬぐってゆく。 アメジストの綺麗な瞳を細め、スザクを見つめる。 その微笑みが、懐かしくて、あの頃と変わっていなくて、再び涙が零れ落ちた。 「ほら、もう泣くな」 「でも」 ルルーシュ、と続けようとした言葉は、突然響いた笛の音にかき消されてしまう。 笛、というより、けたたましく鳴り響くサイレンか何かだろうか。 こんな夜更けに何事かと、慌てて辺りを見回す。火事か何かかと思っていると、くい、と袖を引かれる。 「え…?ルルーシュ」 何?と問い掛けても、ふいと顔を背けてしまう。 「何か起こってるの?」 困惑して問い掛ければ、気まずい声が返ってくる。 「スザク、何があっても、落ち着くんだぞ。いいな?」 首を傾げれば、ずんと地鳴りがして、床が揺れる。 キー!キー! パォー!! バサバサ!! 「は…?」 今、あり得ない鳴き声が聞こえた気がして、スザクはゆっくりと二階部分を見上げた。 二階は確か、絶滅動物を展示していたはすだ。 呆然と見つめていれば、鳴り響く轟音が、近づいている気がする。 そうして見えたのは、階段を一斉に下り始めた大群。煙を巻き上げ、突進してくる。 「マ、マンモス!?」 どしりどしり、と床を響かせ、走る毛深い巨体。 その後ろを追い掛けるのは、槍をもった毛むくじゃらな人間たちだ。 「な、な、!?」 「落ち着け、スザク」 スザクの肩に手を置いたルルーシュは、申し訳なさそうに溜息をつき見つめる。 スザクはぐるりと首を回し、目の前を通りすぎる団体様を指差しながら、口を開く。 しかし、空気を蹴るばかりで音にならない。 驚きすぎて声も出ない。 当たり前だろう。 突然、目の前にマンモスが現れ、狩りをはじめる人々が走りわまっているのだ。 ギシと、スザクのすぐ側で音がなる。 ぞくぞくっと背筋を悪寒が走り、ゆっくりと音の方向に顔を向けた。 ぴたり、と鼻先に何かひやりと冷たく、固い物が触れた。 おそるおそる視線を上げた先。 そこにあったのは、白い大きな頭蓋骨。大きく開いた口から覗くのは、鋭く鋭利な歯だ。後ろに伸びるのは、幾重にも重なり連なる背骨。 なだらかな曲線を描き、床につくのは長い尾。 恐らく、全長は十メートルはゆうに越えているであろう肢体が二本足でたっていた。 覗き込むように、スザクに顔を近付ける巨大な骨の塊は、たしか博物館の入り口に展示されていた化石ではなかっただろうか。 "ティラノサウルス" 史上最大の肉食恐竜。 その鋭い牙は、獲物の骨まで砕くほどの力を持つ。 恐竜が生きた時代の食物連鎖の頂点に立つ王者だ。 スザクはごくりと喉をならした。口の中がカラカラに渇いている。 「ル、ルルーシュ…。これ…、何?」 聞きたくない。 いや、聞かないほうが、はるかに恐ろしい。スザクは、その場で固まっていた。 「"ティラノサウルス"だな」 ああ、やっぱりそうですか。 おもいっきり、ルルーシュに抱きつき、泣きたい気分なのは、何故だろうかとスザクは働かない頭で考える。 そんなスザクをよそに、ルルーシュは何事もなく平然と腕をくんだまま立っている。 あのイレギュラーに弱い彼は、どこに行ってしまったのか。 スザクの頭の中は、もはや爆発寸前だがなんとか踏みとどまる。 しかし、次の瞬間、またしても固まることとなる。 「ほら、お前。スザクが困っているだろう?こっちにおいで」 ルルーシュが優しく声をかけ、右手を伸ばす。 ティラノサウルスの化石は、スザクから顔を離すと、それはそれは嬉しそうにルルーシュのもとに駆け寄ったのだ。 その瞬間、床が振動で揺れる。 差し出された手に額を擦りつける姿は、甘える犬のようではないか。 スザクは口をぽかんと開けたまま、和やか?な光景を見つめていたが、はっと我に返る。 「ちょ、ル、ル、ル」 「俺は、ル、などという名前ではないぞ。ルルーシュだ」 よしよしと笑顔で頭を撫でてやるルルーシュに、ティラノサウルスの尾がゆらゆらと左右に揺れている。 それが腹立たしい。 ルルーシュに触れている化石を壊してやろうかと、ふつふつと怒りが沸き上がる。 「わかってるよ!!だから、ルルーシュ!!これは一体どういう事…」 続く言葉は、突然飛んできた矢に阻まれる。トス、とスザクの顔ギリギリを通りすぎ、壁に刺さっている。 ざーと、血の気が引いていく。 「あら、外したみたいね」 「まぁ!残念ですわ。次は、必ず当たりますわ。ファイトです!カレンさん!」 突然二階から響いた声は、かつて、スザクと敵対していた"ゼロの騎士"であった赤毛のエースパイロットと、"虐殺皇女"の汚名を被せられた悲劇の、そしてスザクにとってかつての主であった慈愛の姫君だった。 next |