転生もの

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淡い月明かりが降り注ぐ夜の博物館は、今、異様な緊張感に包まれていた。


二階の手摺りに足をかけ、弓を構えるのは、かつての赤毛のエースパイロットだ。
その側で、それはそれは楽しそうに手を合わせ微笑む少女を、スザクは顔を引きつらせながら見つめる。
ゆるやかなうねりをもつ桃色の髪。瞳の色は淡い藤色。遥か昔の姿のまま。
いや、見に着けている服はあの頃のようにドレスではなくごく普通のワンピースである。
それでも、彼女だ。かつての自分が剣を捧げた相手――。



「ユ、ユフィ!?」


驚きのあまり声が裏返る。
さっきまで、頭が真っ白だったはずなのに、今や彼女たちの姿しか目に入らなくなっていた。


「何で…」


呆然と呟くスザクに、二人は笑顔を見せる。
彼らは敵対していた間柄である。なのに、どうして二人仲好く立っているのか。
混乱する頭でスザクは必死に考える。
だが、混乱を極めた頭ではうまくいかない。
ぞくぞくと悪寒が走るのは、気のせいだろうか。
その上、ひしひしと感じる嫌な予感がスザクを後退りさせる。

それに気付いた赤毛の少女は、躊躇い無く矢を放つ。
放たれた矢は、きっちりスザクの右足の裾を床に縫い付ける。


「ひぃ!!」


情けない声は上がったが、不様にも転ぶことはなかった。それがスザクにとって幸いだった。


「じゃなくて!!何で、君、弓なんか打てるんだよ!!」

怒鳴れば、腰に手をあて、高笑いが返ってくる。


「ふん!!この紅月カレンをなめるな!!覚悟しなさい」


地を這うような声と共に、矢を構えるカレンは、恐ろしいの一言だ。


「スザク、ごめんなさい。諦めて下さい!」


にっこりと微笑んで言う言葉ではないだろう。彼女はこんな性格だっただろうか?


「スザク、これは命令ですわ。そこでおとなしくしていなさい」


「!!イエス、ユア・ハイネス」

反射的にさっと床に跪く。無意識の行動に、自分自身驚く。
転生したはずなのに、未だに身体が覚えているなんてある意味感動ではないか。


「…じゃなくて!!」


ばっと立ち上がったスザクに、ユーフェミアが肩をすくめる。


「あら、残念ですわ」


「て言うか、カレンはともかく、ユフィ、僕に何か恨みでもあるのかい?」


焦りながら問い掛けたスザクに、ユフィは「まぁッ!!」と声を上げ、腰に手を当てる。


「当たり前です!!あなたはわたくしの騎士でありながら、ルルーシュになんてことをしてくれたのです!スザク!」
 

「はい!」


ビシッと指差され、スザクはぴんと背筋を伸ばす。
彼女が言いたいのは"ゼロ・レクイエム"のことだろう。
いつも穏和な彼女の淡い瞳が、今は赤く燃えていた。本気で怒っている。


「スザク、わたくしの願いを知っていましたよね?わたくしが願っていたのは、皆が幸せになれる世界。あなたは、幸せでしたか?ルルーシュは?ナナリーは幸せでしたか?皆、笑っていましたか?」


矢継ぎ早に紡がれるのは、彼女が心から願っていたことだ。
怒りを込めた彼女の瞳が滲んでいるのにスザクはようやく気付いた。

怒っているのではない。悲しんでいるのだ。
未だに"悪逆皇帝"の名で蔑まれ続ける大好きな人を傷んでいるのだ。
彼女の願いはいつも、彼のことだったから。

だから。


「ごめん、ユフィ。あのときの僕らは、ああするしか、なかったんだ」


真っ直ぐかつての主を見上げる。

本当は、自分だって、やりたくなかった。
誰よりも愛する人を、この手で殺さなければならなかったのだから。

狂いそうだった。
いっそのこと、彼を連れて逃げようとも思った。

でも、彼の、自分が犯した罪は、重すぎたのだ。


蘇った記憶は、鮮明にあの日の出来事をスザクに伝える。
彼を差した感触も、倒れこんだ身体の重みも、最後の願いも、すべて胸に焼き付いてはなれない。あの時の痛みがスザクを覆ってゆく。

ぐっと握り締めた手のひらから、血が零れ落ちる。

それが、あの時滑り落ちたルルーシュに重なって見えて急に恐ろしくなった。
いつの間にか隣にいたはずの彼の姿を探していた。その姿が見当たらない。

――また、いなくなる。

そう思った瞬間、沸き上がりはじめた焦燥感に胸を押さえる。身体が震えはじめる。


「しっかりしなさい!枢木スザク!」


はっと顔を上げれば、真っ直ぐな瞳とぶつかる。
その瞳が優しくほそめられる。

「ルルーシュなら、大丈夫です。彼には、立派な護衛がいます。それに、この中はどこよりも安全ですから」


にっこりと微笑む彼女に、身体の力が抜ける。
立派な護衛とは、あのティラノサウルスのことだろうか。そして、ようやく気付く。
彼女たちもまた、自分同様転生しているのだと。


「二人とも、記憶があるんだね」


スザクの言葉に、立ち並ぶ二人ははっきりと頷く。
あの時、敵対していたはずの二人が共にいる。それは、不思議な光景だった。


「スザク」


ユーフェミアに名を呼ばれる。改めて返事をすれば、真剣な面持ちが返ってくる。
自然とスザクの表情も引き締まる。


「遅くなってしまいましたが、我が騎士枢木スザク。あなたをわたくしの騎士から、解任いたします」


「ユフィ?」


「これは、わたくしから最後の命令です。あなたにとって、一番大切な人を今度こそ、守りなさい」


彼女が指し示すのは、ブリタニアの歴史を展示するコーナーだ。
そこに、彼はいる。


「はい!!」


彼が何故、ここにいるのか。どうして記憶が戻ったのか、知らなければならないことは沢山ある。

でも。それよりも、彼に逢いたかった。夢ではないと。彼に確かめたい。


スザクは駆け出していた。



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