転生もの

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「ルルーシュ……」

青白い月の光が降り注ぎ、ルルーシュの横顔を静かに照らす。
震える手で彼の細い手首に触れる。
柔らかな皮膚の感触はどこにもなく、固く、冷たいばかりだった。彼がもはや、人ではないと強くスザクに伝える。

この博物館に訪れたときのことを思い出す。

天窓から降り注ぐ陽光の下で、悲しげな微笑みを浮かべていた古の王。
見学に訪れた者たちに、何かを訴えかけるようなその笑みの下で、彼はどれほど長い間、悲しんできただろう。
苦しんだだろう。辛かっただろう。

でも、彼はあの時と同じように、何も言わない。
たった一人ですべてを背負い、耐え続けている。
引き寄せ、抱き締めた身体は記憶と違わず、細く儚い。

「ごめん、ルルーシュ、ごめん」

そんなことを伝えたいわけではない。けれど、そう言わずにはいられなかった。
いつだって、自分のことよりほかの誰かを想う優しい人。
だから、スザクは生涯を終えるまで、いや、今でも忘れられないのだ。

「もう、泣くな……」

「でも……」


あの頃と変わらない眼差しで、ルルーシュが少しだけ、困ったように笑った。
そして相変わらずの癖毛を梳きながら、目を細める。
伝わるぬくもりもないのに、彼が触れた個所から熱が身体を巡ってゆく。
心が、安らぐ。ここにいるには、紛れもなく、ルルーシュなのだ。


止まらぬすすり泣きの声と共に、CCは二階通路から見える月を見上げ、懐かしいと零した。
そうして始まったのは、昔話だった。

己がここを訪れるより、数十年、数百年前にかつての関係者たちが、生きていたものたちがこの博物館を訪れたそうだ。
ロウ人形として捕らわれ続ける事実を知った者全員、涙を流したという。
今の自分のように――。

そして、ルルーシュに様々な言葉を残していったそうだ。
それは、かつて親友を豪語していた男の感涙と後悔だったり、彼のもとで副リーダーを担っていた男のけじめであったり、かつての兄の涙であった。
会った瞬間、土下座をされたときのルルーシュの表情は、それはそれは間抜けなものだったと、C.Cは笑いながら語った。

ばつが悪そうに顔をそむけたルルーシュの頬が今にも赤く染まりそうに見え、スザクは鼻をすすりながら少し笑んだ。

共犯者として逃亡生活をしていた日々が、ふと、蘇る。

短かったあの日々。
身を隠しながらの中だったけれど、生きていた人生でもっとも輝いていたようにも思う。嘘も、偽りの姿を演じることなくありのままの、スザクとルルーシュとして過ごすことが出来た。
互いの意見をぶつけ合い、時には喧嘩したけれど、あの時確かにスザクは、幸福を感じていた。
それが、彼との永遠の別離へのカウントダウンの中だったとしても、それでも。

彼が、ルルーシュという人が、好きだった。だれより愛しくて、何より恋しい人だった。
その想いを伝えることは、結局出来なかったけれど、今でも、ここに、この胸に残っている。

様々な時代、様々な形で生まれ変わった者たちが訪れる中で、遥か昔、同じ血を受け継いでいた彼女は、ただ静かに深く一礼をし、去っていったという。
その様子が目の前に浮かぶようで、スザクはそっと息を吐いた。

「お前が最後だ。スザク。ルルーシュを解放してやってくれ」

優しい微笑みを浮かべた彼女が、囁くように言った。

永遠という檻に囚われた彼を救うことが出来るのは、心の底からの願い(ギアス)。
スザクは美しい魔王を、抱き締めた。

答えなど、もう、決まっている。







****






「お!ようやく来たわね〜!」

カラン、と入口につけておいた鈴が控えめに鳴った。
待ち人が訪れた合図である。
受付に腰かけていたミレイは、立ち上がると、彼らを出迎えるために大きく手を振った。
それに気付き、振り返してくれるものもいれば、独特な気の抜ける笑みを浮かべた者もいる。
見れば見るほど、本当に個性的なメンバーであるとミレイは内心笑った。

「お待たせして申し訳ない、ミレイ殿。陛下は如何されている?」

かつて、悪逆皇帝の腹心の部下であった忠義を貫く男は、今は、この博物館の警備員である。そして、今も彼を守り続けているのだ。
直立不動な姿勢で敬礼をする彼に苦笑いせずにはいられない。

「ええ、いつもと変わりなく。とは言えませんね。スザク君と顔合わせたそうそう、逃げ出しちゃいました」

肩をすくめて答えれば、かすかな笑みが帰ってきた。
そして、彼の後ろから顔を覗かせた人物に頭を下げる。
あの時は、婚約者という間柄だったのに、今は自分たちの通う高校の教師だなんて可笑しなものだ。
授業にも関わらず、自らの研究テーマに生徒たちを巻き込む、学校でも有名な変人である。
くたびれた白衣のままの寝ぐせがついているのも気にせず、ミレイに向い手を振る。

「あっは〜!面白いことになったねぇ〜」

「面白くありませんよ、ロイドさん!いい加減、まじめに仕事してくださいね!」

そして、相変わらず仲がいい(?)同僚の彼女は、悪逆皇帝の共犯者の一人であり、白き死神のよき理解者でもあったそうだ。
その後ろから姿を見せたのは、かつての友人であり、今現在も友人である人。

「お疲れ様、ニーナ。研究はどう?」

「うん、ちょっと行き詰ってたんだけど、ここに来ると不思議と解決しちゃうの」

笑顔で言葉を返す彼女は、昔にくらべ明るく、社交的である。
己よりも幾分か年上の彼女は、昔を思い出しても取り乱すことなく、けれど、静かに泣いていた姿が、忘れられない。
そして、荒々しい靴音とともに、姿を見せた青い髪の少年は、悪逆皇帝の悪友だと死ぬまで言い続けた彼が、最後だ。

「会長―!!遅れましたー!あいつら、無事っすか?」


かつて、彼と共に生きていた人々が今宵、集まる。
すべては、彼を開放するために。


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