目を開けると、少し欠けた月が見えた。 涼やかな風がゆっくりと横に流れていった。 どれほど時間が経ったのか、昇り始めたばかりだった月は、頂上に近づいている。 「お帰りなさい、ルルーシュ」 傍に座るユフィは、夢見を行う前と変わらない場所にいた。 夢を渡っていた間、ずっと同じ体勢だった為、身体が強張ってしまっている。 立ち上がり、ゆっくりと背を伸ばした。 そして、座ったままの妹に笑いかける。 「先に帰ってろと言っただろ」 膝を抱えたユフィは、はにかんだ笑みを浮かべルルーシュを見上げる。 「あら、私とルルーシュは、二人合わせて夢見だもの」 そう言って青紫に染まる空を見上げる。 その眼差しは、遥か彼方を見つめている。 ユフィは未来の夢を視ることが出来る。 真の夢見の巫女とは、未来を読み、そして導く為に人々の夢を渡る力を持つ。 だが、ユフィには、夢を渡る力を持っていない。 そのかわりに、ルルーシュが夢を渡ることができる。 男の巫女もいるが、その場合は神官と呼ばれている。 男が夢を渡ること事態、不思議ではないが、片方の能力しかない者など今まで存在していない。 だからこそ、ユフィは変わり者だと呼ばれ、ルルーシュの力を横取りしたものだと蔑まされているのだ。 未来(さき)を視えるからといって、夢を追うことが出来なければ役には立たない。 だから、ルルーシュは彼女の側から離れない。 ルルーシュとユフィ、二人そろって一人前の夢見なのである。 「君の見た月の夢を見た者と出会ったよ」 彼女が夢みた通り、地上の欠片を持つ者たちだった。 けれど、自分に気付いたのは、一人だけだった。 不安定な翡翠の瞳で外の世界を望んでいた。彼の夢の中に、月の光が残っていた。 淡く、優しい光は、地上を知る者にしか得られぬものである。 その月の光がルルーシュを誘った。 (スザク……か) 身体全身で、抗っていた姿が蘇る。 彼の瞳が脳裏に浮かぶ。 茶色い髪はやわらかそうで、無意識のうちに手を伸ばしていた。 悲しげな顔が忘れられない。 彼は、明日(みらい)を望んでいる。 その望みが叶うようにと、今はただ願うしかない。 「戻ろう、ユフィ」 座ったままあどけない表情で見上げる妹に手を差し出せば、ユフィは躊躇いを見せた。 もう一度問いかけると、ようやく手が触れあう。 その指先があまりにも冷たくて、ルルーシュは目を瞠った。 困惑したルルーシュが彼女に視線を向ければ、困ったように首を傾ける。 「あの、寒かったんだけど、どうしても気になって……。その、無理したとかではないのよ」 焦ったように言葉を並べるユフィに、ルルーシュは溜息を一つ零しただけで、何も言わなかった。 その変わり、冷たくなった彼女の手をそっと撫でる。 夢見の名を持つが、夢を渡ることのできない彼女は、自分が意識を飛ばしていた間、もどかしくて堪らなかったのだろう。 未熟であることを、一番責めているのはユフィ本人にほかならない。 だから、ルルーシュは自分が見たすべてを彼女に語る。 「未来を担ったものたちが、いたよ。真実を知らされず、まやかしの中で過ごしている。そして、彼らを見守っている人たちが、ずっと泣いている小さな世界だった」 見たこともない小さな箱の中で、閉じ込められた人々。 彼らは、何も知らない、知らされていない。 スザクの夢をもとに、彼らの世界を見つめることができた。 だが、それはあまりにも辛く悲しい記憶だった。 ドームと呼ばれていたあの場所に残っていた強い願い。 それは、未来を歩む彼らへと残された祈りにも似た想いだった。 「もう、時間は残されていない。これ以上離れてしまうと、俺は渡れなくなる」 眉を寄せたルルーシュに、ユフィが微笑む。 「ルルーシュ、悩まなくてもいいわ。彼らをここに導くの。だって、彼らは私たちと同じだもの」 歩き始めた瞬間、胸が激しく痛んだ。 意識が遠のき始める。 呼ばれている。――スザクだ。 泣いている。彼が……。 「ルルーシュ?どうしたの、やだ、ルルーシュ!!」 身体が傾ぐ。 地面が近づく。 ルルーシュは目を閉じ、月の欠片を見上げる。 ルルーシュは意識を手放した。 next |