パラレル

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「ここは、確か……」

覚えのある風景にスザクは足を止めた。
課外授業で訪れた場所だ。
車にのり込む間際まで側にいたルルーシュの姿はない。
彼の妹の姿もだ。ふわりと綻ぶ花のような笑みを残し、彼らの姿は消えてしまった。
微笑んだアメジストの瞳がスザクの胸に焼きついた。
ルルーシュが教えてくれた地上。
明日になればゼロは此処にいられなくいなる。
これが最後のチャンスだ。スザクは目の前の古びたゲートを見上げた。

「ここは、ステーション跡地だ。このゲートを通ってスザクはここに来た」

懐かしむように目を細め、ゼロが言った。
放射能汚染の悪化で、人口減少が否めない今、政府管轄の連絡ゲートしか使われていない。
古びた扉は、腐食して茶色く変色している。ゼロの持つペンライトの頼りない光が辛うじてゲートを映す。
明かりも何もない暗い場所。
昼間訪れたとき見た風景は今は見えない。
取り残された作業用の車や、クレーンが物悲しく立っていたのを思い出す。
ゲートの奥に続いていたレールの先。そこにルルーシュが語っていた地上はある。
ゼロが立ち止まり、振りむく。ほっそりとした姿が浮かびあがって見えた。

「もう一度、聞く。お前は、後悔しないか?」

赤と紫のオッドアイ。
その二色の色が問いかけてくる。
ゼロは人ではない。瞳はガラス玉で出来ているという。
人工生命体は泣けない。
でも、ゼロはいつもと遠くを見つめて、泣いているように見えた。
両親と離れてから、たった一人だった自分に笑いかけてくれたのは、彼だった。
両親と別れ、無理やり乗せられた輸送用の大型バス。
朧げにしか覚えていないが、乗っていたのは数名の教育区の職員と自分と年の変わらない子供ばかりだった。
ドームの外は放射能汚染が深刻となり、緑一つない荒れ果てた景色が続いていた。
覚えているのは時折通り過ぎていく砂嵐だけだ。
対放射能汚染用に作られていたそのバスは厚い壁に覆われていた。
何の説明もなく押し込まれた子供たちは張り裂けそうな不安と両親から突然離された恐怖感に皆泣き叫んでいた。
もちろん自分も同じだった。
この教育区に着き、バスから降ろされてからも、泣き続けていた自分を抱き上げてくれたのがゼロだった。

見たこともない二色の瞳。
バースデープレゼントだと言ったゼロの黒い髪も笑顔もすべてが綺麗だと思った。
優しく名を呼ばれ、抱き締められた瞬間、スザクはゼロが大好きになった。
心細くて寂しくて辛かったスザクを抱きとめてくれたのは、ゼロだ。
人工生命体だろうがなんだろうが関係ない。ゼロはもはやスザクにとって家族なのだから。

「しない。俺は、ゼロが好きだ。何もしない方が、絶対後悔する」

ゼロは目を伏せると、そうかとただ一言呟いた。
ふと、聞こえてきた足音にスザクが肩を揺らした時だった。
静かに、と人差し指を口元に当てたゼロに腕を引かれ、物陰に隠れる。
使われていないゲートだとしても、管理はされているようだ。
警備の人間が通り過ぎるのをひたすら息を殺して待つ。
どきどきとうるさく鳴り響く心臓を押さえた。
通り過ぎたのを確認し、ゲート横にある操作ボタンがおさめられた両手ほどの大きさの扉を開けた。
開けてすぐ、操作画面のモニターに映し出されたのは、暗証番号入力の点滅文字である。
扉の中に点在する番号と配線を確認していたゼロは、深く溜息をついたかぶりを振った。

「駄目だ、暗号化されている。これでは、私でも読みこむことは出来ない」

「壊せないのか?」

「あのな、今は使われていないとは言ってもここは政府管轄の公的な場所なんだぞ。破壊出来たとしてもゲートは開かないし、捕まるのが落ちだ。お前が監獄行きなんて、私は嫌だぞ。お前の両親に合わせる顔がない」

舞台演劇のように大いに嘆いてみせるゼロに半ばあきれながらも、ほっと安堵している自分にスザクは気付いていた。
ゼロが悲しい顔をしているのは耐えれない。

「うるせぇよ」

悪態を付きながらも、笑いを止められなかった。
腕を組み、眉間に皺を寄せたゼロもつられたように、笑いだす。

「お前のような人を育てることが出来たのは、私の誇りだ。ありがとう」

ふわりと甘い香りに包まれスザクは笑いを止め、息を飲んだ。
ゼロに抱き締められていたのだ。昔は自分よりはるかに大きかった彼は、いつの間にか自分より小さくなっていた。

「ゼロ?」

「私の事はもういい。もう、いいんだよ。十分すぎるほど生きた。お前の成長を見届けることはできないが、もういい。帰ろう」

「駄目だ!!明日になればゼロは解体されるんだろ!?そんなの俺は嫌だ!ここを開ければ、ルルーシュが言っていた地上に行ける!!」

声に気付いたのか後ろからざわめきとともに慌ただしい足音が近づいてくる。
いくつもの光の点が見える。
警備の人間たちだろう。気付かれたことに焦りが増す。
暗証番号をランダムに入力しても、ゲートが開くことはない。それでも、止められなかった。

「スザク、もういい!早く!」

ゼロに腕を引かれるが、諦めるつもりはなかった。
明日、十八の誕生日を迎えてしまったら、ゼロは解体される。二度と会えなくなる。
そんなのは嫌だとスザクは歯を食いしばった。
ゼロの腕を振り払い、ゲートに駆け寄る。
そして、力いっぱい重厚な扉をたたいた。
ただひたすら開けと、まるで開かずの間に唱えるように叫んだ。

「ルルーシュ、たのむ、ルルーシュ!!いるんだろ!?ここを開けてくれ!!」

駆け寄ってきた警備員に腕を抑え込まれるが、スザクは暴れ続けた。もがき、ゲートに向い叫ぶ。
止まらないスザクに他の警備員たちがさらに止めに入る。
地面に押さえつけられても、スザクは叫び続けた。
力を振りしぼって手を伸ばす。
ゲートに触れた瞬間、ほっそりとした手が重なったのが見えた。



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