「なに、いってるんだ?」 血の気を無くしたスザクが呟き、後ろに広がる宇宙(そら)に視線を彷徨わせる。 嘘だと、言えるならどれほどいいだろう。ゼロはゆるりとかぶりを振った。 「ないんだ。お前の知る地上はもうない」 「……嘘だ」 「嘘じゃない。教育区は建設当初から宇宙対応型だった。今は移民船として機能している」 閉じられた扉と、小さなドームに封じ込められた未来を担う子供たち。真っ黒に広がるこのゲートの向こうが宇宙であることすら彼らは知らない。 誰も出られないこの小さな箱庭で何も知らされずスザクたちは生きてきた。 「お前たちを逃がすために、地上から教育区を切り離した」 誰が言えるというのか。 止まりぬ放射能の嵐。 生き物たちはほとんど死に絶え、人口は減る一方だった。 生き延びるために作られた地上ドーム。けれど、すでに星は死に向かっていた。 一時の慰めだとしても、大人たちはドームを作らずにはいられなかった。 限りなく零に近いほんの僅かな希望。その先の望みなどほとんどない。 それでも子供たちに遺してやりたかったのだ。明日を。 「彼らは見越していたんだ……星の死滅を」 「嘘だ!!」 振り向いたスザクが叫ぶ。 何度も頭を振り今しがた告げた真実を全身で拒絶していた。 きつく閉じられた瞳に涙が浮かんでいるのに気付いたが、もはやゼロにはどうすることも出来なかった。 いくつもの嘘という名の扉に隠されていたパンドラの箱。 その鍵は、すでに開け放たれてしまったのだ。 「スザク。全部本当のことだ。人口均等化なんて、表向きさ。……誰が子供に言える?親も故郷もとうにないなど――。今、あそこで生きている者はいないだろう」 なんて残酷な物語だろう。ゼロは自嘲気味に笑った。 このドームを運営する大人は皆、人口生命体であることすら彼らは知らない。 この教育区は、死に絶えた人々の最後の願いの結晶。 どうか、生きて未来(あす)をむかえられるように。我が子たちに光ある未来を。 未来を担う子供たちに贈る親たちの愛情の証。それがこの宇宙船だった。 「このドーム内に大人が増えれば、人口生命体は必要なくなる。特に育児用に開発された私たちは子供たちが成長したのち解体されるとはじめから決まっていたんだ」 宥めるように俯いたままのスザクの肩に触れる。 何も知らないまま誕生日をむかえていれば、スザクは傷つかずにすんだかもしれない。 けれど、いつまでも騙し続けることなど出来はしない。いずれは知らねばならぬ事実なら自分が生きているうちに伝えたいといつも願っていた。 それがどれだけ残酷なことだとしても、自分に温かい心を家族という優しい想いをくれたスザクへ返すことの出来る精一杯の想いだった。 「なんで、なんで、そんな、かってに!!」 くしゃりと顔を歪め、スザクが叫ぶ。 親の死すら知らずにのうのうと生きて行く。何一つ真実を知らされずに。それがどれほど悲しいことか――。 願いをこの船に乗せ、死んでいった大人たちは気付いていただろうか。 子供たちは大きく成長しているけれど、今も淋しいと泣いている。 それを知るのは自分たち人口生命体だけだ。 だから、少しでも笑っていて欲しいと願わずにはいられない。 「それが、お前たちのためなんだ。今この瞬間だって、レーダーで人の住める星を探している。わかってくれ、スザク。このドームのように閉鎖した空間では私たち人口生命体の維持は難しいんだ」 スザクの翠の瞳が涙で曇っていく。 泣かないで欲しいと願う自分が泣かせてしまっている。 その事実がゼロを苦しめる。 頬に手を添え、ぬぐっても流れ落ちる雫は止まらない。 「泣かないでくれ、スザク。もう時間は残ってないが、私はスザクと過ごせて幸せだったよ。ありがとう」 「そ……ん、な……」 ゼロの手を振り払い、スザクは後退る。 信じたくないと呟き続ける姿は見ていられないほどつらいものだった。 ゼロはスザクに伸ばした手をきつく握り締めた。 「ルルーシュ……、ルルーシュ!!お前が言ってた地上は!?全部嘘だったのか!?あの月も地上も、全部!!答えろよ、ルルーシュ!!」 ルルーシュ、と。宇宙に向かい叫ぶスザクの悲鳴が辺りに響き渡った。その時だった。 『嘘じゃないわ』 白い光の粒子が集まり、スザクの目の前に現れたのは長い桃色の髪の少女。 ーーユフィだった。 ふわりと彼女の赤いスカート揺れる。 すぐ近くにいた警備服を着た人口生命体たちが戸惑いの声を上げるがゼロは気にすることもなく彼女を見つめた。 「ユフィ……?何で……。ルルーシュは……?」 『ルルーシュは地上にいるわ』 薄く透き通る彼女の姿が漆黒の宇宙を淡く照らしているように見えた。 Next |