会社へと向かう朝の電車で、彼を見かけるようになったのは、いつからだろう。 ルルーシュが勤める会社は、自宅から離れた場所にある。 車を持ってはいたが、街の中心部に位置する為、車での通勤は認められていない。 残念ながらバイクを持ってはいないため為、必然的に使用される通勤手段は、限定される。 朝の通勤ラッシュと、自転車の疲労、どちらを選ぶかの話になれば、それは、賛否両論。どちらにも、利点と欠点が持ち上がり、結局、選ぶのは、本人次第となる。 彼女が選んだのは、前者であるが、それなりに、満足をしている。 会社が自宅と離れているため、割と空いた時間に電車に乗るからだろうか。 それほど、酷いラッシュに見舞われることは、あまりない。 桜が綻び始めた春先。 夜明け前の薄暗い中、駅のプラットホームに立ち、電車を待つ。 時折、強い風が吹き、彼女の腰まで届く艶やかな黒髪を揺らしてゆく。 紫の瞳を細め時計を見やれば、もうそろそろ、到着時間だ。 細いリング状のチェーンがつらなるこの腕時計は、入社祝いに、姉が買ってくれたものだ。 プレゼントの箱を開けた瞬間、一目で気に入った。ルルーシュのお気に入りのものだ。 眩しい光が差し込み、空が明けてゆく。 遮断機の音が、聞こえて始め、しばらくすると電車が見え始める。 線路を響かせ、車両がゆっくりと止まる。 扉が開き、中に入ると、ようやく顔を出した太陽に背中を向け、座る。 鞄から取り出した、読みかけの小説から栞を抜くと、ルルーシュは静かに読み始めた。 二駅目に着いたときだった。 扉が開き、人が動き始める。 中々動かない電車に、顔を上げれば、茶色の髪の癖毛とぶつかった。 (何だ……?) 扉の手前に立つ男性。 糊のきいた紺のスーツに身を包み、先程から、外に向かって何やら話していた。 ピンと伸びた背筋。 どう見ても、真面目そうな青年だ。 ふと見えた横顔、彼の瞳から目が離せなくなった。 微笑みを浮かべ、何度も頷く。 (珍しい色だな。エメラルドのようだ…) ルルーシュが見つめていると、不意に、その男性が屈んだ。 そして、入ってきたのは、車椅子の女性だった。 男性は、駅員の人たちと一緒に、車椅子の彼女の為、スロープを用意していたのだ。 笑顔で礼を言う彼女の笑顔は、とても綺麗だった。 彼は、軽く頭を下げると、何事もなかったように、電車の奥へと向かう。 ルルーシュは、彼から、目が離せなかった。 彼女にむけ、一瞬見せた笑顔が、胸から離れなくて、ルルーシュは彼の後ろ姿を見つめ続けた。 〜 電車が目の前に、止まる。 中に入って、先頭の車両へと続く手前の席に座る。 あれから、何度か彼を見かけた。彼は、いつも同じ場所から、電車に乗る。 ルルーシュが座る反対側の扉からだ。 二駅目に着いて、扉が開く。 見えたのは、あの時の彼だ。 とくん、と胸の奥が鳴る。 朝の電車の中、視線の先には、彼がいる。 ルルーシュは、そっと、胸を押さえた。 鼓動が鳴り響く。 今日も、一日が始まる。 そっと、彼の背中を見つめた。 end |