「ルルちゃんさ、最近、いいことあったでしょ?」 デスクに向かう昼前のこと。 パソコンを打つ手が、止まる。 ルルーシュは返事すらできずに、覗き込む美貌の持ち主を見上げる。 長い金色の髪を、程よく肩に流し、後ろで綺麗に纏める彼女のセンスは、社内の女子たちの憧れの的だ。 もちろん、ルルーシュもその一人だ。 整った美貌を鼻に掛けることもなく、だれにでも気安い彼女を嫌うものなど、誰一人として存在しない。 ただ一つ、困ったことがあるとすれば、一対一で対面すると、相手が極度の緊張状態に陥ってしまうことだ。 現に、ルルーシュも、パソコンを打つ手のまま、固まっている。 「おーい、大丈夫?」 ひらひらと目の前で手を振られ、ようやく、瞬きをする。 「は、はい。えっと、何でしょうか、ミレイ先輩」 ようやく答えることできたルルーシュに、彼女は、にっこりと微笑む。 はっきりとした理由は知らないが、彼女は姓で呼ばれることを嫌う。 だから、皆、彼女をミレイの名で呼ぶのだ。 それにはじめは抵抗を感じていたルルーシュだったが、毎度のことで慣れてしまっていた。 だからといって、緊張感が薄れることはない。 「ズバリ!彼氏が出来たんでしょ!」 「はい?」 わけがわからず、首をかしげれば、盛大な溜息が返ってくる。 そして、腕を組み、唸りはじめる。 「あら、違うんだ。でも、ぜっったい、当たってると思ったのになぁ」 ふと、周りを見やれば、ちらちらと同僚たちが見てるのは、気のせいだろうか。 この場合、注目を浴びているのは、先輩のミレイに他ならないのだが、内容が内容だけに、皆耳をそばだててしまうのは、仕方がないと思う。 「あ、わかった!"恋"ね」 ルルーシュは目を瞬かせる。 彼女は、何と言ったのか。 頭をフル回転させる。 恋。そう言ったのだ。 誰、が? 不意に、浮かんだのは、いつも見かける、あの人。 広い背中。 きれいなエメラルドの瞳。 瞬間、ルルーシュの顔に朱がのぼる。 「あ、図星ね。ね、誰?もしかして、この中にいるの?あら、じゃあ、社内恋愛!いいわね〜」 先程、預けた書類を手にし、颯爽と去っていく。 ルルーシュは、何も言えず、ただただ、彼女のピンと伸びた背を見送る。 残されたのは、痛いほどの視線と、微妙に気まずい空気。 定時まで、まだまだ、時間は残されている。いや、まず問題なのは、この後の昼休みか。 ルルーシュは、憂鬱な溜息を一つこぼし、パソコンに向き直る。 絶対に、質問攻めに遭うだろうことを予想し、頭痛がするのを感じた。 〜 夕日が地平線に近づき、空を朱く染める。 電車を待つ多くの久々は、思い思いに時間をつぶす。 携帯を握りしめていたり、あるいは、新聞を片手に。 はたまた、談笑したりと。 そんな中で、ルルーシュは立ちつくしていた。 脳裏をよぎるのは、昼間に聞いた言葉だ。 "恋" 本当に、そうなのだろうか。 ルルーシュには、わからない。 だって、一度も話したこともない人なのに。彼は、自分のことを知らない。 そう、知らない、のだ。 途端に胸がツキン、と痛む。 一度だけ見た笑顔が、不意に浮かんで、泣きたくなった。 いつの間にか、電車は到着していた。 でも。 もう、いつものあの場所に、足をむけることが出来なくて。 乗り込んだ最後尾の車両から、窓の外、夕日に染まる街並みを、見つめ続けた。 END |