朝の冷たい空気の中で、ルルーシュはゆっくりと改札をくぐる。 まだ朝日が顔を出さないために、あたりはまだうす暗い。 桜が咲き誇る時期を過ぎ、すでに葉桜がちらほら街を染めはじめている。 けれど、吹き抜ける風はいまだ冷たい。 ルルーシュの他にも、電車を待つ人たちは、皆一様に体を縮こまらせている。 本当のことを言えば、こんな朝早く、朝日が昇る前から電車に乗る必要は彼女にはないのだ。 一本、もしくは二本便を遅らせたとしても、会社には十分間に合う。 それでも、この時間に乗るのは、ただ一つ。 彼に逢いたいからだ。 一段と強い風にぐっと足に力を入れて耐える。 春のあたたかさを含んだ冷たい風に反射的に目を閉じる。 ゆっくりと風が止み、目を開けた先、明るみ始めた山間から朝日が差し込む。 温かい日差しに照らされ、見え始めた車両に、ルルーシュはほほ笑んだ。 暖房のきいた車内にほっと息を吐き、淡い桃色のスプリングコートを脱ぎ、座る側に置く。 ガタリ、と音を立て、動き始めた電車に鼓動が早まり始める。 バックの中から化粧ポーチを取り出し、身だしなみを整える。 鏡を見ながら、相変わらず真っすぐな面白みのない髪に手櫛を入れる。 母や姉、友達も皆一様に褒める癖のないストレートの髪。 いつまでたってもルルーシュは好きになれない。 どうせなら母や姉のようにふわふわとした髪ならばよかったと鏡を見るたび思う。 高校を卒業するまで口に出していたことだ。 だが、卒業式の日、何を思ったのか、母は緩やかなウェーブを捨て、真っすぐなストレートに変えた。 母はお揃いだと笑っていたが、ルルーシュは悲しかった。 手櫛を入れたまま、止まる。 湧き上がる苦い痛みに溜息を零したときだった。 電車の速度が落ち始めて、慌ててバックに押し込む。 そっと、胸の上に手をあて、深呼吸を繰り返す。 プラットホームが見え始め、いつもと同じ場所を見つめる。 途端に、胸がとくんと高鳴る。 さっきまで沈んでいた心が、一気に熱に変わる。 黒いコートを着た、茶色の髪をした男性。 ルルーシュに気付くと、エメラルドに似た緑の瞳を細め手を上げる。 ルルーシュは、はにかみながら、小さく手を振り返した。 電車が停止し、ドアが開くと、冷たい風が流れ込む。 けれども、彼女はまったく気にならなかった。 「おはようございます」 目の前に来た彼は、枢木スザク。 ついこの間初めて、会話を交わしたけれど、それがいまだに夢のようだと思う。 あの時、勇気を出さなければ。 彼が、問いかけてくれなければ。 決して、彼と繋がることはなかったから。 だから、今もずっと同じ時刻に電車に乗る。 「おはようございます、枢木さん」 隣に座った彼に、ルルーシュはほほ笑む。 外との温度差に車内が暑く感じるためか、彼はコートのボタンをはずしていく。 そのことに、少しだけ胸が高鳴った。 「いつも早いですね。ランぺルージさんの会社も出勤時間が早いんですか?」 「い、いえ。人ごみが苦手なので、ラッシュの時間を避けてるんです」 「たしかに、そうですよね。あれは大変ですよね。前会った時も大変そうでしたもんね。ランぺルージさん、小柄だから」 にっこりと彼が笑う。 その笑顔は、初めて彼を見たときと同じで、ルルーシュは目を細めた。 男らしい整った容貌。 だけれど、笑うと少し幼くなって、そして、優しくなる。 朝の、会社に向かうまでの短い時間。 その時間が今のルルーシュにとって、なによりも大切な時間だった。 next |